雄弁は銀
機材室、もといグソンの私室。さながら要塞のようにモニターで囲まれたデスク、その脇には水槽が設置されている。水槽はぼんやりと青く光っており、中には巨大なシルバーアロワナが泳いでいる。
「気になるんですか?」
グソンは椅子を回転させ、白いシャツを着た背中へ、モニター越しに声をかけた。興味深げに水槽をのぞきこんでいた槙島が振りかえった。
「君らしい、精巧なホログラムだと思ってね」
「旦那の知らないうちに運びこんだ本物かもしれませんよ」
槙島は、わずかに瞠目し、それから微笑を深めた。グソンも感情を読ませない薄笑いを頬にはりつけた。
「どっちだと思います?」
「そうだな……」
槙島はゆっくりと水槽に手を伸ばした。グソンがだまって様子を見ているのを確認してから、表面を指先でなぞる。アロワナにおどろいた様子はなく、銀の鱗を煌かせながらゆらゆらと泳ぐままだ。
「少なくともガラスは実在しているね。冷たくはない。アロワナは熱帯魚だったっけ。蓋は……開かないか」
アロワナは、槙島の動作に餌がもらえると思ったのか、瞳を上にむけながらヒレを活発に動かした。その様子はどこからどう見ても自然だった。
「蓋をしないと飛び出しちまうんですよ」
「なら、このアロワナはホログラムだね」槙島はグソンを振り返って微笑した。
「……なぜそう思うんですか?」
「掃除をしたり餌をやる拍子に飛び出したら、機材が水浸しになりかねない。慎重にやったとしても、生き物はときどき予想もつかない行動をするものだ。君がわざわざそんなリスクを負うとは思えないからね」
「わかりませんよ。俺が危険を好まないとしたら、旦那に協力したりしますかねぇ?」
「君は僕といることに危険を感じているのかい?」
「そりゃあね、シビュラに喧嘩を売ってるわけですから」
槙島は「ふうん」と言って、水槽の中のアロワナに向き直った。
「アロワナの見た目だけじゃ、偽物か本物かどうか区別するのは難しいね」
「降参しますか?」
「いや。最後の手段がある」
槙島はそう言って片足を半歩下げ、構えるように重心を前に置き――。
「旦那? まさか、ちょっ待ってください!」
グソンがあわてて立ち上がったのを見て、槙島はふ、と笑って構えを解いた。
「本当にやると思ったかい?」
「焦りましたよ、ったく心臓に悪い……」
「スリルが好きなんだろ?」
「旦那、わからないからって八つ当たりしてませんか?」
「最初からホログラムだということは確信していたよ。餌も掃除が必要な汚れも見当たらない」
「……正解ですよ。こいつはホログラムです」
グソンがホロキーボードを操作すると、アロワナは水槽に溶け込むようにふっと消えた。
「水は本物?」
「炭化水素冷媒液です。機械の冷却をかねてましてね」
グソンは席を立って槙島のそばに立った。
槙島はアロワナのいなくなった水槽に手のひらを当てていた。
「水槽が温かいのは排熱しているからか……」
「そのとおりです。結構それっぽくできていたでしょう?」
「もし本物のアロワナが手に入るとしたら、君はどうする?」
「必要ありませんね。手がかかるのは旦那だけで十分です」
槙島は目を細めてグソンを見た。「言ってくれるね」
「おっと、これは失敬」
グソンは何食わぬ顔でその場から逃げ出した。