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ブラックボックス

 公安局の執行官隔離区画内では、潜在犯の身分であるチェ・グソンにもある程度のプライバシーと自由が認められている。宿舎はキッチン、シャワー付きの1LDKの広さで、申請すれば嗜好品も支給される。待遇としては悪くないが、彼の《《趣味》》に関する物品は、申請しても許可が下りない。  グソンの指が軽やかに弾いているキーボードは、私物ではなく官給品だ。キーはホログラムで、実体はないが触れると電気刺激が打鍵感となって指に伝わる。パソコンのモニターは、テレビ用のモニターを流用している。だがそれらに繋がっているマザーボードや電源ユニットなどのパーツが剥き出しで、冷却ファンのかわりにサーキュレーターが風を送っている。見てくれこそ余った部品をかきあつめたような有様だが、中身は最新式で、趣味の用途としては明らかにオーバースペックだ。当然、真っ当な方法で手に入れたものではない。すべて彼の後援者による《《差し入れ》》だ。  ――静かなタイピング音だけが響いていた部屋に、コンコン、とノックの音があらたに加わった。  グソンは「どうぞ」と応えた。誰が訪ねてきたのかはわかっている。  扉が開き、薄暗い室内に光がさしこんだ。 「調子はどうかな、チェ・グソン」 「これ以上は無理ですね」  グソンはキーボードを打つ手を止めると、椅子を半回転させて背後を振り返った。槙島聖護が悠々とした足取りで近づき、デスクに手をついてグソンを見下ろした。モニターの明かりが彼の顔を照らす。 「君ほどのハッカーがお手上げかい」  彼は微笑みながら言った。ぞっとするほど整った顔貌だが、親しみのこめられた表情がおだやかな印象を形作っていた。 「俺は魔法使いじゃないんでね」グソンは肩をすくめて続けた。「肝心なところはシステムの中枢に物理的に侵入しない限り、わかりません」 「厚生省ノナタワーか」槙島は考え込むようにつぶやいた。「うまく侵入できる方法があればいいんだけどな」  グソンは苦笑いを浮かべた。厚生省の包括的生涯福祉支援システム、通称≪シビュラシステム≫の破壊。それが槙島の目的だ。教育課程の最終考査を全国一位で通過したエリートが、刑事になってまでやることが犯罪の計画とは、いまだにたちの悪い冗談のように思える。  槙島と出会ったとき、彼が公安の人間だとは夢にも思わなかった。廃棄区画に似つかわしくない雰囲気ではあったが、かといってカタギにも見えない。銀髪に白い肌といった潔白な容姿とは裏腹に、血なまぐさい気配を漂わせている。そんな男だ。  彼は、サイバー領域に精通していて、特に侵入技術ハッキングに長けている人物を探していた。グソンはまさにその条件に合致していたが、そういうスキルがあるとは誰にも明かしたことはなかった。まさか逆探知されたのかと思えば、闇市で電子機器のパーツを買っている人間に片っ端から接触していただけだった。いわく、「めぼしいところにはすでにあたったが、僕の求める人材ではなかった。だからしらみつぶしに探していたんだけど、なかなか見つからなくてね。諦めかけていたところに君が現れて本当に良かったよ」ということだ。グソンは、はじめこそ正体の知れない男に警戒していたが、彼の刺激的な思想と、それを実現させ得るカリスマ性に惹かれるまで、あまり時間はかからなかった。 「何かいいアイデアはあるかい?」  それまで考え込んでいた槙島が、突然グソンに話を振った。彼に思いつかないことを自分が提案できるとは思えなかったが、グソンはとりあえず所感を述べた。 「いずれにせよ、バレずにってのは不可能でしょう。かといって強引に侵入するとなると時間が足りませんからねぇ。刑事が全員出払っちまうような大事件でも起きないかぎり、難しいんじゃないですか」 「僕も同じ考えだ。問題はその大事件をどう起こすかだね」 「あまり派手に動きたくはないんですが。嗅ぎ回ってるやつもいることですし」  槙島が愉快そうな笑みを浮かべて、言った。「狡噛慎也か」  狡噛は槙島と同じ監視官の男で、教育課程を首席で卒業しているところも同じだ。一言でいえばライバル的な関係性なのだろうか、お互いに無視できない相手らしく、顔を合わせるたび口論になっている(主に槙島が挑発するように議論のタネを吹っかけているせいだが)。もっとも、主張が正反対になりやすいだけで仲が悪いというわけではないようだ。槙島と対等に議論できる者は少ないので、打てば響くような反応が楽しいのだろう。グソンも槙島の高説を聞くことはあるが、さっぱり理解できないので、傾聴しているだけのことがほとんどだ。  そのように、ある意味において似た者同士なゆえか、狡噛は槙島が《《何かを企んでいる》》ことを嗅ぎとっている。 「この間も探りを入れられましたよ。世間話の体で、旦那とはどういう経緯で出会ったのかとか、普段は何をして過ごしているのかとか……」  グソンが狡噛と関わる機会は少ない。同じ分析官である唐之杜志恩とは交代勤務なので、業務上では頼まれることもあるが、世間話をするような仲ではない。互いを結びつける接点は、槙島だけだ。その時点で目的は見え透いていた。 「へえ。あの噂についても聞かれたのかい?」槙島が笑い混じりに言った。 「うわさ?」グソンは怪訝に問い返した。 「君は美形に目がなくて、僕の部下になったのはそれが理由だと」  グソンは大きくため息をついた。「……旦那の耳にまで入ってるんですか、それ」  うわさの出どころは唐之杜だろう。グソンは一度だけ、話の流れで口を滑らせたことがあった。唐之杜に好みのタイプを聞かれたときだ。「これといった拘りはありませんが、美形だといいですね」とそれだけだったのだが、他ならぬ槙島が誰が見ても美しい容姿をしているせいで、変な尾鰭がついたのだろう。 「それで? 本当のところはどうなのかな」 「ツラの好みでついていったりはしませんよ」 「ふうん?」槙島は含みのある笑い方をした。 「……なんですか?」 「いいことを思いついた」  槙島はすこぶる機嫌が良さそうに言ったが、グソンは反対にげんなりとした。 「ろくでもないことの間違いでは?」 「面白いことだよ」 〝そりゃそうでしょうよ、あなたにとってはね〟槙島の思いつきはたしかに愉快なものが多いが、それは自分が巻き込まれないことが前提の話だ。グソンは諦めのため息を吐くしかなかった。  グソンがキッチンで調理していると、宿舎の扉が開いた。 「また来たんですかい。バレたらどうするんですか?」  フライパンの白身魚をひっくり返しながら言うが、用意された食器は最初から二人分だった。これは、いつものことだ。隔離区画内にある宿舎は監視官なら誰でも自由に出入りすることができるが、槙島の入り浸り具合はもはや住んでいるといっても過言ではない。 「僕たちの関係が? 別に禁止されてるわけじゃない」  槙島はいつもそうしているように、ダイニングソファに座って言った。 「うるさく言われますよ。色相が濁るとかどうとか……」グソンがテーブルに食器を並べながら、茶番じみた苦言を呈すると、槙島は「くだらないな」と一刀両断した。言葉の厳しさとは裏腹に口元は笑っている。 「とにかく、ほどほどにしといてくださいよ」  グソンが対面のソファに座り、箸を取るのを待ってから、槙島は「いただきます」と礼儀正しく口にした。グソンもすでに身に染みついた所作を行う。食事中はあまり喋らない。黙々と箸を進めながら、この後のことを考える。  恋人同士という設定で過ごす、というのが槙島の思いつきだった。それは思いついた日からすでに数週間に渡って続けられている。だが普段と変わったことがあるかといえば、否だ。恋仲であろうがなかろうが、業務中に必要以上の接触をすることはないし、槙島が毎日のように宿舎を訪れるのも、グソンが彼のために食事をつくるのも、以前からやっていることだ。  槙島とグソンは、監視官と執行官にあるまじき距離感である。犯罪係数が高い人間と関わることは、自身の色相の濁らせかねない行為だ。まして十年間という任期のなかサイコ=パスを悪化させることなく、職務を全うすることが出世の条件となる監視官ならなおさら、必要以上に執行官と関わるのは避けるべきだ。槙島の色相がクリアホワイトのまま安定しているため、大っぴらに非難こそされないが、あまり良い目で見られていないことは明らかである。そんなリスクを犯してまで親しくしているのはなぜか、と疑問が生まれるのも不思議ではない。唐之杜は冗談半分で「禁断の愛よねぇ」などと言っているが、槙島いわく、狡噛がそれを真に受けている可能性は低いらしい。  恋仲設定の目的は、うわさを真実にして狡噛をあざむくためだ。問題はどうやって真実にするつもりなのか。「目の前でキスでもしてみせるんですか?」と冗談のつもりでグソンがたずねると、槙島は言った。「機会が来たらね」  その機会が、今この瞬間であることは間違いなかった。 「ごちそうさま、美味しかった」  槙島はグソンとほぼ同時に食事を終えた。 「お粗末さまです」  グソンが槙島の分もまとめて食器を下げようとすると、槙島はそれを手で制して、自分の食器を持っていった。  グソンは槙島としばし無言で向き合った。槙島は沈黙を楽しむように微笑を浮かべている。グソンはちらっとダイニングに目を向けた。そこには小型のカメラが光学迷彩で隠されていた。  隔離区画は監視官が自由に出入りできる。技術的には監視官が入れないようにロックをかけることもできるが、そうした時点でやましいことがあると自白するようなものだ。かわりにグソンは、監視官が身につけているデバイスの通信を利用し、《《誰が入ってきたか》》を検知するプログラムを構築していた。そのおかげで留守中に侵入されたこともわかっている。室内をスキャンすれば異物はすぐに見つかった。仕掛けたのは狡噛だ。ずいぶん大胆なことをするものだと思ったが、槙島はこれを予想していたのだろう。グソンは槙島に、カメラが設置されていること、その位置や範囲を秘匿回線を使って伝えたが、そのときも「ようやくか」というような態度を見せていた。  食洗機の稼働音が大きくなってから、グソンは重い口を開いた。 「映像を差し替えて誤魔化すこともできますけど……ホントにやるんですかぁ?」 「罠を仕掛けられて、ただ黙ってるってのもつまらないだろ?」槙島はそう言って、取って付け加えたように続けた。「君が嫌なら無理にとは言わないよ」  そうなれば別の報復をするつもりだろう。グソンは首を振った。 「やればいいんでしょうやれば……まあ潜在犯の身分とはいえ、勝手に住処を踏み荒らされていい気はしませんからね。それで……具体的にどうするつもりなんですか?」 「キスくらいは実際にしてみせるべきだね。あとはソファの陰に隠れながら《《恋人らしいこと》》をするとしよう」 「恋人らしいこと、ねぇ……要するにヤってるふりをすればいいってことですか?」  グソンはいよいよストレートに問いかけたが、槙島は全く動揺することも恥じらうこともなく「ああ」と答えて続けた。「流れは君にまかせるよ」 「丸投げじゃないですか」グソンは呆れた声を出した。 「君のほうが慣れてるだろ?」 「あなたの中で俺はどういうイメージなんですかねぇ」槙島の経験数など知ったことではないが、少なくとも初心な人間が思いつくような意趣返しではない。「やるのはかまいませんけど……やり方に後から文句言わないでくださいよ?」 「言わないよ。なんなら、ふりじゃなくて本当にやってもいいけど」槙島が挑発するように言った。 「遠慮しておきます」グソンは即答で断った。「じゃ、少し脱いでもらえますか」 「脱がさないのかい?」 「まだ始まってないじゃないですか」 「予行演習だよ」 「へいへい、仰せのままに……」  グソンは槙島のベストを脱がし、ネクタイを解いて、シャツのボタンを胸元がのぞくように外した。サスペンダーとスラックスはそのままだが、キッチンで少々戯れていたようには見えるだろう。 「こんなものですかね。じゃ、戻りますか」 「ちょっと待った」槙島がグソンを引き止め、シェルフからオリーブオイルのボトルを取って渡した。「小道具も必要だろ?」 「……オーラルで済ませる気はないってことですね」 「もちろん。それだけじゃ味気ない」  グソンは槙島とともにカメラの前に戻った。あの向こう側にいる男は、この悪趣味な茶番を見せられて何を思うのだろうか。現実逃避するように思考しながら、槙島の腰を引きよせ、その唇に触れた。  応えるように伸ばされた腕がグソンの首にまわり、ぶらさがるように体重をかける。ふたりはそのままソファに沈みこんだ。この位置なら見えなくなっただろうとキスをやめようとするが、槙島の腕にがっちりと拘束されて離れることができない。薄々わかってはいたが、これは狡噛慎也への嫌がらせであると同時に、恋人役の反応を楽しむものでもあるのだ。しかしあいにくグソンは、彼の期待に応えるようなためらいや羞恥心は持ち合わせていなかった。唇をこじあけるようにして槙島の舌が割り入ってくるが、おとなしく受け入れて舌を絡め合う。  どうせそこまでやるなら、見せてやったほうがいいだろう。とグソンは槙島の背を支え起こし、カメラの前でじっくりと彼の口内を味わってみせた。そして空いた手で自身のスラックスを寛げる。 「舐めてくれますか」  唇を離してささやく。当然そうするふりだけで、性器も露出していない。  槙島は微笑をうかべながら頭を落とした。キスで濡れた唇が、開いたファスナーからのぞく黒い下着をいたずらに食んだ。  旦那、と言いかけ口をつぐむ。グソンの動揺を察した槙島が笑った。  しぶしぶリードすることを承諾したが、むしろそうしなければ、槙島の行動が悪い方向へエスカレートしかねないと考えたグソンは、彼の口に指をつっこんだ。 「もっと舌を使ってくださいよ」  グソンがからかうように言うと、槙島はすぐに負けん気を発揮した。グソンの手をつかみ、指を《《それ》》に見立てるようにして咥えこむ。  指の腹をくるくると舐められたり、爪と肉の間を舌先でえぐられたりすると、さすがに一瞬ぞくっとするような感覚が走った。グソンは、わざと音を立ててしゃぶっている槙島から指を取り上げ、彼をふたたび押し倒した。  槙島のサスペンダーのフックとスラックスの釦を外し、長い脚から抜き取る。グレーの下着が露出するが、その膨らみにはもちろん興奮のきざしはない。グソンはオイルを手に取るふりをし、槙島の長い脚を広げさせた。ソファの背に隠れてカメラには映らないので少し休憩したかったのだが、それを許す雇い主でもない。どうぞといわんばかりに差し出された白い手を、皮肉をこめてうやうやしく手に取り、指の背に口づける。 「ッはァ……」槙島が吐息まじりの声を漏らした。  指先を口に含む。関節をなぞるように舐める。軽く歯を立てる。付け根まで咥えながら吸う。ゆっくりと出し入れしながらしゃぶる。そのたびに槙島は控えめに、しかし艶っぽく喘いだ。その演技力はグソンも舌を巻くほどだった。本当に性感帯を愛撫してやっているような気分になる。 「グソン、……もう、出る」  切羽詰まった声で槙島が言った。グソンは反射的に指への愛撫を強めた。 「……っぁあ……」  槙島の体がビクッと跳ねる。そして、はあ、はあ、と荒く息を吐いた。心なしか肌がうっすら赤みを帯びているようにも見える。 「グソン……」と呼びかけられ顔を寄せると、甘えるように唇を吸われる。恋人同士らしく何度も角度を変えて重ね合わせるが、かえってそれがグソンを冷静にさせた。普段ではありえないやり取りが、これが茶番だという事実をはっきりと思い出させる。  グソンは適当なところで口づけを切り上げると、槙島に立ち上がるようにうながした。ソファの背に手をつかせ、下半身が映らないように突き出された腰を後ろからつかむ。 「いれますよ」  宣言して腰部を押しつけると、槙島が身をこわばらせて声を上げた。 「あ……あ……っ」  ゆっくりと前後させるとそれに合わせて喘ぎ、腰を密着させたまま擦りつけると鼻にかかった声でうめくように、小刻みに突きはじめると腹の奥から押し出されるような声を出す。実際に抱かれたことがあるのか? と思うような真に迫る演技だ。槙島の過去は知る由もないし、興味があるのはもっと別の初体験についてだが。  体勢を変えて正常位になる。広めのソファでもさすがに限度があり片足は床につける。一方で槙島の両手両足はがっちりとグソンに絡みついていた。密着しすぎて下着越しとはいえ刺激がそこそこある。少しゆるめてくださいと小声で言おうにも、その口は熱烈なキスによって塞がれている。しかたなくそのまま腰を振ると、案の定、じわじわと血が集まりだした。 「んっんっ」重ね合わせた唇が笑う。  槙島が手足をほどいてグソンを押し退ける。その顔は興が乗ってきたといわんばかりだった。腹の上に乗られ、下着に浮き出た形をなぞるように尻臀で擦られる。  グソンは開き直って、硬くなりはじめたものを誇示するように突き上げた。 「あぁっ……」槙島が背をのけぞらせて喘ぐ。  下から突きつづけると、動きやすいようにかさりげなく腰を浮かせた。汗まで垂らしながら舞台裏にも気を回して大した名男優だ。  いまいち身が入らなかったグソンも、自分に合わせてこれでもかという反応を返す槙島に、だんだんとその気が生まれてくる。  グソンは身を起こしてソファの背にもたれた。こうすれば槙島の顔が正面からカメラに映る。片腕で腰を抱いて激しく突き上げると、槙島も熱をこめた声で喘いだ。 「あっあっあっ、グソン、ッ……い、く……っ」  やがて槙島がビクビクと痙攣する。本当に達しているはずはないが、腹には硬い感触が当たっていた。まあ有り得ることだろうと不思議には思わなかった。演技に熱中するあまり、体の反応までがそちらに寄ったのだろう。  グソンは、はあはあと息を吐く槙島の背をさすりながら、そういえばオイルは用意したがゴムは用意していなかったなと思いつく。 「外に出したほうがいいですか?」  皮肉っぽく問いかけると、槙島は額をつきあわせて挑発するように「中でいい……」と微笑って答えた。 「中に出されるの、好きですよねぇ旦那は」  そんな設定はなかったが勝手に決めつけ、ラストスパートをかけるように彼を揺さぶる。腰を一際強く打ちつけ、うめき声とともに下着越しのものをわざと脈うたせると、それを感じ取った槙島が、今まさに受け入れているように「んっ……」と声を漏らした。  妙な気分だった。実際に行為をしたわけではないのに事後のような、それも燻った熱がおさまっていないタイプの。  カメラに音が届かない寝室に引き上げたグソンは、それでも平静を装ってベッドに腰を下ろした。 「うわさは何もかもウソってわけじゃないらしい」槙島が見透かしたように言った。 「旦那も興奮してたじゃないですか」 「ああ、したよ」  何を隠すことがあると言いたげな目が隣に座る。グソンは空気をごまかすように話題を変えた。 「……あれで信じますかね?」 「狡噛が? まさか」  グソンが〝は?〟という顔をしたのを見て、槙島は笑いながら続けた。 「信じるか信じないかは重要じゃない。建前の問題だよ。狡噛がいくら僕たちの関係を怪しんでも、僕たちが親密なのは恋人だからで、それ以上でもそれ以下でもないと言えば追及しようがないだろ」 「まあ……でもそれならやっぱり、あそこまでやる必要はなかったんじゃないですか」 「君もけっこう楽しんでるように見えたけど」 「あれは……ええ、おっしゃるとおりで」  グソンは取り繕うことを早々にあきらめ、全面降伏することにした。口で槙島に勝とうとするのは生身でドミネーターと渡り合おうとするようなものだ。 「いつもあんな感じなのかい?」 「さあ……どうですかね。旦那もずいぶん慣れてるような感じでしたけど、いつもあんな感じなんですか?」  グソンが皮肉ると、槙島は不敵に笑って言った。 「試してみるかい?」