スペア・パーツ
「君はもっと違うことを願うと思っていたんだが」
唐突な言葉に、チェ・グソンはしばし返答に遅れた。
声をかけた槙島聖護は、向かいのソファでいつものようにゆったりと読書に興じており、本に落とした目をそらさないまま一頁をめくる。
「結局、何もないのかい」
「……俺は、旦那のなすことを見届けられればそれで充分ですからね」
グソンは無難に言葉を返した。
——なんでもひとつ、願い事を聞こう。
その蠱惑的で危険な思いつきのつづきであることは二の句の前に気がついていた。しかし沈黙は金である、特に槙島聖護という男に対しては。それも、時と場合にはよるが。退屈をなによりも厭う男の機嫌をうかがいつづけることは、断崖絶壁の綱渡りのようなものだ。その為、グソンはすぐに槙島の意図について思考した。
「ああ、あまり深く考えなくてもいい。たぶん、つまらないことを言った」
「話の途中で中断されるのは、気になるもんですよ。それがつまらないことでも」
槙島は文字をなぞるように指をすべらせて、向かいのグソンに目を向けた。白い前髪のむこうにある金目が、夕映えにてらされてホログラムのようにちらついた。
義眼以上に感情の読みにくいその瞳は、ゆっくりと瞬きをしてから、また紙片へと落とされた。だがその瞳孔は行を追わずにひとところに留まったままだ。
「僕の気のせいかもしれないが」
もったいぶった、余韻のこもった口ぶりだった。グソンは続きをうながすことも、予測してたずねることもせずに、黙って言葉の続きを待った。
「君の眼はときどき、熱情的に僕を見る」
グソンは、ほんのわずかに目を見開いた。注意深く観察されなければ、気づかれない程度の機敏であったが、長いまつ毛の影に隠れて、槙島のまなざしがこちらを見やっていることに気づくと、お手上げだというように肩をすくめた。
「気づいてたんですか」
「別に、気にしてはいないよ」
それは本心だろう。槙島は情動のはたらきがわかりにくい男ではあるが、己の気持ちを押し殺すタイプではなかったし、趣味にあわないようなら、それがどんなに使い途の多い道具であろうと、愛用の剃刀のように、常に持ち歩いたりはしない。
「旦那は慣れているでしょう」
「そうだね。ただ、少し興味はある」
「勘弁してくださいよ。旦那に興味をもたれると、大抵ろくでもないことになるんですから」
槙島は笑みを浮かべて、本を閉じた。目の前の事象が読書よりも優先された証拠だった。グソンは自身の笑みが引きつるのを感じた。
「君は『パイドロス』を読んだことはあるかい?」
「何度も言いますけどね、俺は旦那ほど読書家じゃあないんですよ」
「恋についての話だ。リュシアスいわく、自分に対して恋している者よりも、恋していない者に身をまかせるべきだという」
この話もまた長くなりそうだ。とは思いながらも、グソンは槙島の話を中断させる算段を立てなかった。フッサールとメルロ=ポンティの中間地点の話にはまったく興味を抱けなかったが、俗っぽさのあるリュシアスの言には好奇心をそそられた。
おとなしく話の続きを待つ姿勢のグソンに、槙島は気をよくしたように笑みを深めて、両手を組んだ。
「そう、ある男が美少年を口説くんだ。自分のような相手に対して恋をしていない者にこそ、身をまかせるべきだとね」
「それはまた。その男が、少年に対して恋をしていないとは誰が証明できるんで?」
「うん、まさにそこだ。ソクラテスは語った——あるところに、たいへん美しい若者が居た。この若者には、多くの求愛者があったが、その中にひとり、口の上手な男がいて、本当は誰よりも若者に恋をしているくせに、自分は恋してはいないのだと信じ込ませておいた。ある日、その男は彼に言い寄るのに、自分に恋をしている者よりも、恋をしていない者に身をまかせなければならない、と言った」
槙島はグソンの反応を注意深く観察するように、瞬きひとつせず、はめこまれた義眼を覗きこんでいた。グソンはいつも通りのポーカー・フェイスで返したが、それがこの底知れぬ男にどれだけ通用したのかは定かでなかった。
「この場合……俺はどう答えるべきなんですかねぇ。どちらにしても分が悪い気がするんですが」
なんといっても、恋をしていると答えればそのままの意味になるし、恋をしていないと答えれば、口説くためにそう思い込ませる伏線になってしまうのだ。グソンはこれみよがしにやれやれといった素振りをした。
「どちらでも変わらないよ」
槙島は微笑しながら窓の外へ目を向けた。
「ははっ。まあ、俺がどう思っていても、旦那にとっては関係のないことですからね」
「ああ……そもそも君は、《《恋》》はしていない」
グソンは表情のない義眼で、槙島の横顔をじっと見つめた。夕日をうつす金の瞳の乾き。ときどき興味や好奇心をのぞかせても、常にどこかつまらなそうな。彼にこそ恋なんて言葉は似合いそうもない。
「わかりませんよ。そうみせているだけかも」
「だとしたら君は役者に転向するべきだな。パイドロスでは——いや、プラトンは単純な性欲と、イデアの美への愛とは区別している」
「ああ、愛のほうはいわゆる《《プラトニック・ラブ》》ですか」
「君は愛ではなく、単純な性欲を感じている」
「はあ……まあ」
槙島の清々しいくらいにあけすけな弁舌に、グソンはもはや劣情を誤魔化す気にもなれなかった。
「なんでわざわざ、リュシアスとやらの話を引用したんです?」
「君が僕に恋をしていないなら、身をまかせてみるのも一興かと思ってね」
「冗談はよしてくださいよ」
グソンは「ゾッとしねえ」と空笑いした。劣情をもよおしたことがあるのは認めるが、だからといって《《ヤりたい》》などと思ったことは一度もない。命がいくつあっても足りないというものだ。槙島のいうところの、熱情的な眼、はたしかに恋とか愛とかましてやプラトニック・ラブだとか、そんな崇高なものではない。ただムラついていたのが表に出ちまった、それだけのことでしかなかった。
それに、当人の裸よりもよっぽど興奮する情景をみせてくれるというのに、わざわざ他の選択肢をえらぶ理由があるだろうか。
「だいたい、俺にはもう象徴となるものがついてねえんですから」
そう口をすべらせてすぐ、グソンは後悔を覚えるはめになった。沈みゆく太陽をながめていたはずの、ノスタルジックな横顔が、グソンを振り向いて瞬きをふたつした。
「……興味深いな」
「ブツのついてねえ股ぐらを見たって、文字どおり面白いもんは何にもありゃしませんよ」
「そうじゃない。性欲の象徴たる部位を失っても性的欲求が残っている、ということは、君は肉体的興奮を精神に感じるというわけか」
槙島の追及は実に遠慮がなかった。気をつかってその話題を避けようとするどころか、ずけずけと切り込んでくる。あたらしい玩具を見つけた子供のような無邪気さで。とはいえそれは礼儀を欠いているのではなく、グソンに同情は必要ないと判断している槙島の冷静な思考の上であったし、それは正しかった。その程度の気の置けない信頼はある、というよりも思考回路への理解だろうか。退屈しのぎの玩具になるのは、できればごめん被りたかったが。
「幻肢みたいな感覚はありますよ」
「間身体性でいう匿名の身体、か」
「なんですかい、それは」
「これも説明すると長くなる。本題からずれてしまうから、今は置いておこう」
長い話を断り続けてきたばちがあたったのだろうか、とグソンは憮然たる面持ちになった。今となってはフッサールとメルロ=ポンティの中間地点が恋しくなりつつある。この流れはあまりよくない。同じ人間なのかときどき疑わしく思えるほど《《若く美しい男》》は、ポケットから剃刀を取り出し、手慰みにしている。
「なんでもひとつ、願い事を聞いてくれるんでしたっけ?」
「ああ。何か、思いついたかい」
なめらかな刃身と平行な視線が、グソンを切りさくように流される。落日の最後のまばゆさが、研がれた刃にぎらぎらと反射した。
「せめて……次の玩具だけでもいいんですが、それはこの部屋にいない人物にしてほしいんですがねぇ」
かっちりと広がった剃刀を手に、槙島はゆっくりとソファから立ち上がった。長く伸びた影がテーブルを横ぎり、グソンの背もたれから覆いかぶさる。
「頼まれなくても、そんなつもりはないよ」
「言ってることとやってることが一致してないように見えますがね、旦那」
指と同じくらいひやりとした剃刀が、グソンの首に押し当てられていた。冷たいはずの感触がふしぎなほど熱く感じる。すでに皮膚が裂かれていないかどうか触って確かめたくなるほどに。刃は発声によって喉仏がうごくたびわずかに食い込んだ。
「君のことはもっと……特別だと思っている」
甘言に騙されてはいけない。ささやかれた言葉に対して、声音は実に冷静沈着そのものだ。しかし耳元にふきこまれる吐息には、背筋をゾクッとさせるものがあった。それも計算のうちなのだろうが、計算以上の効力を発揮していることは、気づいていないのかもしれない。まったくおそろしい人だ。グソンはわらった。
「それはどうも、ありがとうございます」
グソンは、汗ひとつかかず、涼しげに言ってみせた。真横で槙島の口角が上がるのが気配で伝わった。
槙島の言う《《特別》》には、彼の指が横に引かれないだけの、じゅうぶんな重みが存在していると願いたいものだった。もっともグソンは焦ってはいなかった。彼の殺しは手段であって、目的ではない。グソンは自分がこれまで、槙島の期待を裏切らない程度の働きはこなしてきたと自負していた。
「で、この状況は一体?」
「生命の危機を感じると、肉体は子孫を残そうとするらしい」
一瞬、自身の一部が切り取られたときの記憶が頭をよぎったが、グソンはそれを表には出さなかった。
「旦那は俺を殺すつもりはないでしょう」
「君はそう確信できるくらい、僕のことを知っているのかい」
「知らないことだらけですけどね、あなたにとって俺はまだ利用価値があるはずだ。それに……刃が逆ですよ」
槙島の愛用する西洋剃刀は、普段からメスのように研ぎ上げられている。もしも本気だったらなら、すでに首筋に血が這っていることだろう。
「君も大概、冷静な男だが……」
槙島が笑いながら剃刀を反転させた。依然として喉笛にぴったりとあわせたまま、グソンの腕にしなやかな指をすべらせる。
「脈拍が早いね……」
グソンの手首の動脈をおさえて、槙島はたのしげに言った。
グソンはながれに身をまかせながらも、素肌の触れあいに、あるいは……ぞっとするようなスリルを前に、情欲の火種をあおられる自覚をせざるを得なかった。
〝ひょっとするとこの流れはすべて、槙島の旦那なりの《《誘い》》なんですかねぇ〟
足元の一本の綱が愚考にぐらついた。向こう岸で美しい男が剃刀をかかげる姿が見える。
「……チェ・グソン」
「へいへい……ったくもう、わかりましたよ」
グソンはすべての思考を放棄して振り向き、つめたい唇を貪った。切り裂かれた理性の薄皮から血が伝った。
舌をからめて、唇を吸って、呼気を味わって、それはまるで、この男も自分と同じ人間であることを確認する作業のようだった。なにをいまさらとグソンは自嘲する。槙島聖護は当たり前のように眠り、暑ければ汗をかき、運動をすると腹が減るんだ、などと言う人間だ。不感症でなければ、勃起も射精もするのだろう。あまり想像はできなかったが。
色素の薄いヘーゼル・アイには、相手を試すような色をおびている。君はどれだけ僕を楽しませてくれるのだろうか、という期待と見極めだ。どうもお互いにキスをするときは目を閉じないタイプらしい。自分の興奮も同じように、槙島によって咀嚼されているのだろうか。
かちっと剃刀が折りたたまれる音がすると、槙島は口付けからはなれないまま、肘かけをまたぐようにして、グソンの膝に乗り上がった。グソンは槙島のしなやかな腰を抱いた。
「あなたは」唇を食みあう隙をついて、問いをなげかける。「どうしたいんですか?」槙島のまなざしがはなれて、グソンを見下ろしながら「君にまかせるよ」と微笑を浮かべた。
まかせるって言われてもねえ、とグソンは困った笑みを浮かべた。ここまできてやっぱり止めた、とはいかないのだろう。意気地がないんだね。とまた言われるだけの可能性もあれば、次の次の玩具になる可能性もあったが、何より、グソン自身、いまさら中断する気はさらさらなくなっていたのだった。槙島がそう望まない限りは。幸か不幸か、槙島の興味は尽きないようだった。
「君のしたいことをするといい。ああ、僕に一方的に触れられたいならそうするが」
「旦那を相手に、そんなもったいないことはできませんねぇ」
グソンは、ホログラムの投射されていない白いシャツ越しに背筋をなぞった。はあ、と槙島の色めいた溜息が落ちた。雰囲気を盛り上げるための演出か、本当に感じているのか、それはまだわからない。
「念のため、確認なんですがね……本当に、俺のしたいようにしていいので?」
「計画に支障がでるようなことをしたいのかい?」
グソンを見下ろす槙島の目が笑う。それはそれで興味があるね、とでも言い出しそうな顔だった。
「まさか」
グソンには猟奇的な嗜好はなかった。そもそも血生臭いのは得意ではない。慣れただけのことだ。血のりを見て興奮する性癖は持ち合わせていない。
「だったら、好きにしてかまわないよ」
首筋の滲んだ血が舐めとられる、ヒリッとした痛みが幻影の感覚をかきたてる。現実には存在しない器官への血のめぐりに、発散されることのない欲望が破裂しそうになる。
グソンは、腕に抱いた槙島の腰を捻り、自身の膝に座らせるように背を向けさせた。夜の青ざめた光にてらされた首筋を舐めかえすと、ふ、という吐息が宙に吐き出された。
「意外だな……」
その瞳が遠くを見つめるように細まっているのが、見なくてもわかるようだった。
「君は、思ったより情熱的に事を運ぶ」
「趣味に合いませんでしたかね」
「いや……すごくいいよ」
グソンは槙島の首筋に唇を押しつけながら「それは何より」と笑みを浮かべた。
「俺としては、あなたがこんなことをするほうが意外ですがね」
「心外だな。僕は君と同じ……ごく普通の人間だ」
「旦那は浮世離れしてるところがありますから……」
グソンは、腰をつかんでいた手で脇腹をなぞりあげ、胸元をまさぐった。なめらかな布地越しに突起を見つける。指の腹でやさしく撫ではじめると、一瞬、槙島の呼吸がみだれた。
「演技はしないようにお願いしますよ」
「しないよ……そんなつまらないこと」
それはつまり、この謎だらけの男を悦ばせられなければ、もっとつまらないことになる、ということでもあった。
〝そっちの技術まで求められることになるとは、まったく——〟グソンは諦観をこめて槙島のうなじに口付けた。
槙島という男の性的な一面なんてものは、数ある不明点のなかでも特に謎めいている。常に涼しい顔をしながら、人を殺める瞬間でさえ色相はクリアホワイトの、この美しき犯罪者が、即物的なセックスに興じる姿など想像もできなかった。自慰だってしているのかあやしいものだ。シェイクスピアの奏でる韻律を暗誦することにエクスタシーを感じる、なんて言われても信じてしまいそうだった。はたしてどこをどうすれば感じるのか……どんなプレイを好むのか……予想がまったくつかない。《《ローマ近郊の森の中》》をさまようように、手探りの神経を集中させる。
触れつづけることでしだいに尖ってきた先端を、かりかりとグソンの指先がはじく。
「っ……ふ……」
軟らかな刺激にならされた薄皮は、緩急に対応できずに槙島の全身へ、痙攣という反応をつたえた。
身体感覚を演じようとすれば、そこにはかならずタイムラグが生じる。グソンの見立てでは、槙島の身はたしかに快感を拾っていた。その事実にたまらなくなって、下から強く腰を押しつける。悪態をつきたくなるもどかしさ。
行き場のない興奮に息が早くなる。グソンは八つ当たりするように、槙島の乳首をつまんで引き絞った。
「っ……ん……」
鼻から抜けるような声が上がった。止めていた息を吐き出すよう、ため息とともに槙島の胸板が沈んでいく。
「余裕ですねぇ」
「そう見えるかい」
「ええ。あなたはいつも冷静だ」
グソンは、槙島の膨らみきったパンツの中心には手をつけなかった。同じ焦ったさを味わえばいい。なかば無理やり行為に持ち込んだのは旦那ですからね。それに好きにしてもいいとも言った。グソンの心の声に、幻聴が言葉を返した——まるで僕のせいみたいな言い方だな——偶像の槙島聖護は、すべては君の意志の結果だろうと突きつける。否定はできなかった。
首の皮膚を食みながら、シャツに浮いた乳頭をくすぐる。ときおり指の腹でこねてやる。爪の先でひっかく。つまんで軽くしごいてみせる。槙島はグソンの膝の上で身をよじった。
「旦那のような人でも、ここ……感じるんですねぇ」
「君は、僕が当たり前の反応をすることに興奮するのかな」
「そうかもしれません。槙島の旦那は、どうなんです?」
槙島は、グソンの指に反応を返しながら、いつも通りの調子で語りはじめた。
「右手で左手に触れるとき、右手は左手を感じる。左手に意識を向けたとき、左手もまた右手に触れられていることを感じる……触れる身体が触れられる、触れられる身体が触れる、という経験を通じて、はじめて人は自己の身体を知覚する……っ、ふ……」
いくつかボタンを外した隙間から、グソンの手が槙島のシャツの中に侵入する。
「どうぞ、続けてくださって結構ですよ、旦那」
「メルロ……、ポンティの、間身体性の話で……自己と他者の認識がどうやって、ん……っ、生まれるか。君が僕に触れることで、僕がそこにいることの証拠とするとき……っ、君は、僕を君の一部として併合する……君と僕とは、同じ間身体性の器官なんだ……」
「へえ。それで?」
肉欲に乏しそうな身体だったが、意外にも感度は悪くない。快感にたえながら話を続ける槙島の様子をみて、グソンの語尾が愉快げに跳ねる。
「は、ぁ……君、ちゃんと聞いてるのかい」
グソンは、すかさず苦言を呈した槙島の、いまだ剃刀を握りしめる手に指をからめた。
「もちろん。間身体性……でしたっけ?」
力のこもる拳を丁寧にほどいて凶器を奪う。ほんの一瞬、首のうすい切り傷が緊張にひりついた。グソンは剃刀を槙島の懐にしまって、元に戻しておきましたよ、旦那。と言うように、とん、とわざとらしくそこを叩いた。手の届かないところとまではいかなくとも、そこなら、取り出して構えるまでの隙がうまれる。
「……他者の痛みをいかにして知り得るのかという哲学的な問いに、……っ、現象学の観点から、そもそも自己と他者の境界は未分化であり、すでに融合した状態から、……ぁ、他者を認識するようになる、と……メルロ、ポンティは考えた……」
「なるほど。そもそも、自己と他者が分たれてるという前提の認識から崩した……ってことで、あってます?」
「ああ……、それ、んっ、……は……っ」
「喋れなくなっちまいましたかい?」
グソンはくくっ、と喉を鳴らした。淡色のパンツには染みが目立っている。こんな状況でも思想を引用するところはまったく旦那らしい。
「君はこうするだけで、満足なのかい……チェ・グソン」
「それは遠回しなおねだり……と取ってもいいんですかねぇ、槙島の旦那?」
「君の好きなように解釈すればいい」
「冗談ですよ。旦那をあんまり焦らすと、後が怖いなあ」
張り詰めた布地をなでると、グソンの手のひらにぬるっとした感触と、中でモノがビクつく脈動が伝わった。
「っん……は」
「濡れちまいましたね」
手探りでベルトを緩め、前を寛げる、それだけの作業に、グソンは妙な感覚を覚えた。
下着から懐かしい手触りを取り出す。長さ、太さ、形をなでて確かめる。なかなかのモノだった。こんなところまで完璧な容姿を持っているとは、この男に天は二物も三物も与えすぎではないかと考えて、グソンは自分が《《不可知論者》》であることを思い出した。
先走りを全体に塗りひろげ、軽い手つきで扱きはじめると、槙島の息づかいが荒くなった。彼は娼婦のように喘ぐこともなく、静けさのなかで、吐息と衣擦れと摩擦の音だけがひびく。
「は、……気持ちいいかい、チェ・グソン」
「はい……?」
唐突に問いかけられて、グソンは手を止めた。同時に自分の息がずいぶん上がっていることに気がついた。ほとんど、槙島の息づかいとシンクロするように。
「気持ちいい……とまではいきませんが、姿勢のせいか、なんだか妙な気分にはなりますねぇ……自分のを扱いてるような……」
「身体論はあくまで概念だが……幻肢も脳の認識でしかない。僕に触れることで君の感覚が想起される、いわば……僕が君のスペア・パーツになるようなことも、あるかもしれないね」
「ありますかねぇ」
「試してみるかい」
槙島の片腕が後ろ手にグソンの肩にまわる。槙島の白い頬はわずかに上気している程度で、グソンを見下ろすのは相変わらず静謐なまなざしだった。
「その前に、足が痺れそうですがね」
「寝室に行こうか」
「いえ、もう少しこのままで。今やめると、つかみかけた感覚がどっかいっちまいそうなんで。……あらら、萎えるの早いなあ、旦那のは」
グソンは、槙島の金色の目を見上げながら、半勃ちになりかけた陰茎をまた扱きはじめた。
「君はそうでもなかったのかい」
「そりゃ、まあ。でも年が年ですからねぇ、残ってたら、こんなもんだったのかもしれない」
刺激をあたえれば、すぐに硬度は戻ってきたが、槙島の瞳に熱情の影は見当たらない。グソンがそうするように、槙島も、無機質な義眼の奥に退屈の反対をさぐる。
冷静な槙島をみていると、情事の最中とは思えなくなり、彼の漂白された美を眺めながら自慰をしている錯覚に溺れそうだった。
いっそ、それがいい。グソンは、陰茎を握りなおした。槙島の反応はわかりにくかったし、どうせならかつて自分が《《やっていた》》ように手を動かそう。
機嫌をうかがうような触れ方はやめて、単調で作業的に手を上下させる。根元から竿と亀頭の間のくびれまでを擦りたてる。
「っは……」グソンの手つきが変わると、槙島の息が漏れた。反応があると同調感が薄れるかと思ったが、むしろ存在しない器官がうずいた。槙島のモノを扱いている、という状況そのものが現実ばなれしているからか、タチの悪いホロをみているか、仮想空間に没入して疑似性交に耽っているかのようで、自慰的な感覚から乖離しない。
脳で快楽を得ることは可能だ。行き場のない熱に支配されたとき、グソンは仮想空間に身を投じた。出すものがなくとも、一定の満足感は得られた。
これはまるでアナクロなジャック・インだ。ドラッグさえ使わず、神あるいは悪魔の信徒が、瞑想にのみよって一種のトランス状態に入り、己のうちに超越的存在を憑依させようとするような。と口に出したとしたら、また長い話になりそうだった。
「……集中しなよ。それとも、退屈かい」
「いえいえ、まさか。ちょっとくだらないことを考えていました。……これでもポーカー・フェイスには自信があったんですが、あなたの前では嘘がつけませんねぇ」
「感情を読む方法はいろいろある。……でも、悪くない」
「何がですか?」
「君の眼。僕はどう映っているのかな」
槙島の顔が近づく。鼻先を避けて、唇が触れる。
「……そそられますよ」
また唇が重なる。角度を変えて、下唇と上唇を交互に食み合う。槙島がどんな相手と、どんな経験をしたのかなど、想像もつかなかったが、手慣れたキスをした。例えこれがはじめてだとしても、槙島ならそれくらいは不思議ではないと思える。セックスは相性もあるが、槙島の触れかたはグソンを昂らせた。
手の動きを速める。亀頭に血が充満し際立ってきていた。まじわる鼻息が熱い。槙島の舌が、グソンの下唇をなぞるように舐める。
「俺がイくまで、旦那も我慢してくださいね」
グソンは無茶な要求をしたつもりだったが、槙島は何も言わなかった。誘ってくる舌ごと唇を食らうと、槙島はいよいよ目を閉じた。グソンもそれに習って視覚を閉ざす。
皮膚感覚に集中しながら、歯がゆい感覚をぶつける。熱いペニスを激しくしぼるように扱きあげる。先走りがぐちぐちと滑りを良くする。槙島の太ももが断続的にこわばり、緊張がかけのぼる。
「ン……ッ」槙島の手がグソンの腕をおさえた。全身をびく、びく、と痙攣させて、ぱんぱんに膨らんだ陰茎がグソンの手ごとつよく脈打つ。
グソンは槙島の痙攣がおさまり、波をやり過ごした頃合いを見計らってゆっくりと手淫を再開した。キスの反応があきらかに鈍くなっていた。舌を差しこんでもグソンに応える動きはおざなりだ。寸止めにはさすがの槙島もなかなか《《きて》》いるらしい。
「ん……っ、ん……」
グソンの掌には槙島の体液がたっぷりと溜まっていた。睾丸にも撫でつけたり、そんな愛撫したくもなったが、あくまで射精するための自慰に徹する。
どろどろの陰茎をリズミカルに擦り、動かない舌を吸っていると、二度目の限界がおとずれた。すばやくグソンの腕を制止した槙島の握力は、一度目よりも力がこもっていた。
「ぁ……、っは」
呼吸が苦しくなったのか、槙島の唇がはなれた。
はー、はー、と息を吐きながら、快楽から意識をそらすように天井を見つめて、半開きの唇から唾液を垂らす。
グソンがうすら笑いを浮かべて様子を見守っていると、続けてくれというように、槙島の手が性器を握るグソンの手に重なった。
だが要望にこたえて手を上下しはじめると、数分もたたないうちにまたグソンの《《自慰》》は中断された。槙島の陰茎は、尿道口をぱくぱくと開閉させて、今にも暴発しそうだ。
「大丈夫ですか、旦那?」
「……楽し、そうだな、チェ・グソン」
槙島は息を整えながら掠れた声で言った。平常心を体現していたまなざしが、飢えた獣のように据わっていたが、グソンは余裕の笑みを返した。
「それはもう。あなたはどうなんですか? 槙島の旦那。実はマゾヒストだったり……します?」
「あいにく行為そのものには、あまり興味がなくてね……サディストでも、マゾヒストでもない」
「ま、そんな気はしていましたけどね。旦那の精神力にはほんと、おみそれします。俺は出せるもんなら今すぐ出したくてたまらないんですから」
「君の幻肢は今、どんな感じだい……」
「まさに旦那と同じ状態ですよ。がっちがちで、我慢汁垂らして……」
濡れそぼった陰茎をゆっくり搾ると、腺液がさらに溢れ出す。タマも上がりっぱなしで、よく我慢できているものだった。
「そろそろいいですか?」
「……ああ」
一拍間を置いて、槙島は深く息を吸いこみ、グソンの手にもたらされる快楽にそなえた。
「……っ、……っく、ふ……」
はだけた胸板が大きく上下する。そらされた首筋は汗ばんで、生気を疑うほどの色白さに、健康的な血色が差していた。槙島を責め立てているのか、その痴態をみながら自慰をしているのか、グソンの認識が交錯する。
「ン……っ、う……」
生理的な身体反射だろう、逃げるように身をよじった槙島を、グソンは腰を抱いておさえつけた。おそらく槙島は、なんとか気力でこらえて限界を先延ばしにしているのだった。
だらんと投げ出されていた槙島の片脚が、手の動きを阻害するようにグソンの膝に乗り上がろうとして、ずるっと落ちていく。ぱっかりと開いた両股の間で、槙島の性器は真っ赤になっていた。床を踏みしめられない両脚が、たえがたいようにグソンの脛に絡んだ。
「ァ……っ」槙島が手を引き剥がそうとしたが、グソンはそれを力ずくで無視し、雁首を責め立てて追い上げた。イきたいのか、イかせたいのか。わからないまま手は止まらない。
「……っ、チェ……、グソン……ッ」
槙島が身体をくの字にして激しく息を吐いた。
犯してえ——若かりし頃の欲望が、幻肢となって股座にそそりたつ。グソンは前に倒れながら逃れようとする槙島を追い、射精間近の腫れあがった亀頭をはげしく扱きながら、犯すように腰を打ちつけた。
「は、ぁ、あ、あァ…………っ」
槙島の性器から白濁液がほとばしった。寸止めを繰り返した分、射精の勢いはすさまじく、槙島の座っていた向かいのソファまで飛び散り、最後のほうは糸を引きながらだらだらと滴った。
「あーあ、本まで汚れましたよ。どんだけ出してなかったんですか? 使えるもんは、使っときましょうよ。ねえ?」
テーブルに手をつきあえぐ槙島にのしかかりながら、グソンはささやいた。
「ほら。どうですか?」指にへばりついた精液を、槙島の唇にぬりつける。欠損部位が増えることを覚悟した行動だったが、意外にも槙島はグソンの指を順番に舐めしゃぶった。
「卵よりはマシだな……」槙島が顔をしかめながらつぶやくと、グソンは「本当ですか?」と咥えられた指を深く突っ込んだ。
「っ……ぇ……は……」
「しゃぶってくださいよ、チンポ舐めるみたいに」
わざと下卑た物言いをしながら指を抜き差しすると、槙島はグソンの言うとおりに、爪の際をなめ、すぼまった唇で吸い、ちゅぼっと卑猥な音を立てた。
「はあ……本物をしゃぶらせたかったなあ。実際、残ってたらこんなことはしてくれなかったんでしょうけど」
「さあ。どうかな……」
「だって、あったら我慢できませんよ。あなたのここに突っ込んで……めちゃくちゃにヤっちまいたくなる」
グソンは腰をぐりぐり押しつけた。スリムなパンツ越しに、槙島の引き締まった臀部を堪能する。締まりがよさそうだ、と思った。
「ったくもう、どうしてくれるんですか。出すもんがないのにムラムラが収まらねえ……これは正真正銘、旦那のせいですからね」
「泉宮司さんにでも頼んで、再建するかい」
「それは、俺と寝てくれるってことですか?」
「別に……かまわないよ。それが《《頼み事》》かい、チェ・グソン」
槙島は至極淡白な口調でこたえた。声の調子から感情は読み取れない。
「頼みこんでまでセックスするのは、あまり趣味じゃないんですがねぇ。お互いに気持ちが盛り上がっていないと」
「これでも僕は君を買っているんだけどな。誰でもってわけじゃない……それだけじゃ不満かな」
槙島は不敵に笑いながら振り向いた。氷のようにひんやりとした指が、グソンのシャープな頬をなでる。
「……旦那の人心掌握術はおそろしいなあ」
「君を操ろうとしたことはないよ。チェ・グソン。僕たちは利害が一致している」
「旦那には敵いませんね。ま……考えておきますよ」
グソンは槙島から身を離した。舐られた指が唾液にてらてらと濡れている。この手で扱いてあの澄まし顔にぶっかければさぞすっきりするだろう、と未だむきだしの性欲に支配された脳が想起させる。
「……これで終わりかい?」
「まだ満足してないんですか?」
「僕ではなく、君がね」
気だるく身を起こした槙島が、とろりとした視線を寄越した。
「別のことをしてれば、そのうち紛れますよ。例の、サイマスティックスキャンをごまかす方法……とか……」
話し続けるグソンの肩に槙島の手がかかり、抱きつくようにソファに押し倒した。
気をそらすための技術提供の話がむしろ、メタンハイドレートに火をつけたかのようだった。
積極的なキスを受けながら、グソンの手は無意識に槙島の臀部をもみしだいていた。
「……続きは、ベッドにしましょう。これ以上は掃除が大変になりますんで」
「ああ。その前に、表紙についたのは拭いてくれるかい」
「へいへい……」
このセーフハウスはもともと槙島の所有しているうちのひとつだが、一室は機材部屋、もといグソンの私室となっている。色々と厄介な仕事を依頼され、共に行動しているうちに、いちいち戻るのが面倒だと電子機器を持ち込むようになり、気がつけば元の棲家よりも使い勝手がよくなってしまっている。雇い主である槙島から、資産を惜しまず投資されているおかげもあるだろう。
グソンの技能をもってしても、素性も経歴も解き明かせない謎めいた美しき犯罪者、槙島聖護。油断ならない男ではあったが、それがまた危険な魅力でもある。
そんな槙島の迷いのない足取りは、自身の寝室ではなく、グソンの私室を選んだ。自分のベッドは汚したくないってことなんですかね、とグソンは心の中でため息をついた。もっともタダで間借りしてる身であまり文句は言えない。このセーフハウス自体の利便性が高いこともまた事実だった。
「そのベッド、旦那のより寝心地が悪いと思いますよ」
好き勝手に乗り上がっている槙島に、グソンは一応と声をかけた。ホロで見た目こそ多少まともになっているが、中身はパイプベッドでサイズもシングルだ。長身の男が二人、同衾するには狭すぎる。ソファよりはマシ程度の快適性だ。
槙島は微笑を浮かべたまま、濃紺のシーツに指を滑らせた。
「長時間の睡眠をするなら、もう少し、質の高いものを選んだほうがいいね」
「不満がおありなら旦那の部屋にいきましょうか? それとも、床がお好みで?」
「床か……なるほど、君の嗜好がわかってきた……」
「馬鹿言わないでくださいよ……」
さながら恋人の睦み合いだった。乱れた着衣のまま、無防備に足を投げだしている槙島をシーツに倒すと、グソンを絡めとるように長い手足がまきついた。ピアスやまぶたにじゃれつくようにキスされて、悪夢をみているような気分になる。疲れすぎて寝入る体力すら失って、それでも無理やり眠りについたときの、浅瀬で溺れているような夢見の悪さだ。もし本当に夢であったなら、どんなにいいか。それなら何も考えずに耽溺できる。
「楽しそうですね、旦那」
グソンは先ほど言われた言葉をそっくりそのまま返しながら、槙島のはだけたシャツに手をかけた。黒地のキャンバスに白い肢体はよく映える。
「君がこれから何をするのか、楽しみでね」
「俺にもわかりませんよ」
一体、何をどうすればこのサカりきった熱を放出できるのか。ただどこにあるかわからない、行き止まりに向かって、《《好きなようにすればいい》》という槙島の言葉に従っているだけだ。
「君は脱がないのかい」
「まあ……脱いでも何もありませんし」
「上くらい脱ぎなよ」
槙島の手がグソンの肌着をめくりあげた。剥ぎ取られるように脱がされて素肌が暴かれる。胸板や腹筋に、検分するような視線がそそがれる。
「いいね」と囁きながら、槙島の指が皮膚をなぞった。
「現役とまではいきませんがね」
「意外と、傷がないんだな」
「背中にありますよ」
槙島は、ふうん、とそれだけで、興味を示さなかった。彼が見定めるのは結果とその先だけだ。はっきりとした思想が小気味よい。
肌と同じくらい真っ白なシャツを脱がせると、無駄のない筋肉に縁取られた肉体があらわになる。着痩せするのか細身な印象だが、毎日のトレーニングはほぼ欠かさない男だ。スパーリングの相手をすれば、どこにそんな力があるのかと思うほど強烈な打撃を食らわされる。思考の裏をかくのが得意なのもあり、旦那と喧嘩はしたくない、というのがグソンの見解だった。
「まだ出せそうですかね?」
グソンは、槙島の中途半端に脱げかけたパンツを下着ごと脱がせながらたずねた。さきほど精を吐き出したばかりのペニスは、ぐったりと萎れている。
「どうかな」
小首をかしげる様子では、そんなに連続で出したこともなさそうだった。グソンは槙島の白い太ももの間に顔を埋めた。包皮に舌を差しこんで亀頭を舐めると、槙島の膝が震えた。
「……っ、は」
「まだ敏感みたいですね」
柔らかな芯を口蓋と舌の間で揉むように押しつぶし、血流をうながしていく。しばらく吸っているうちに半勃ち程度にはなり、露出しはじめた亀頭の包皮を唇で完全に剥いてやる。
「ん……っ、チェ・グソン……」
「はい?」
咥えたまま返事をして、裏筋を舌がくすぐると、槙島はグソンの肩に手をおきながらしばらく黙りこんだ。
雁首がみるみるうちに張り出して、陰茎全体が大きく伸び、根元まで咥えこむには少々難しくなる。いわばほとんど完全に勃起した状態になってから、槙島はグソンを突き飛ばした。
「ちょ……っ、槙島さん」
本気の力で組み敷かれて、股を大きく開かれる。成人男性として充分すぎる大きさを誇る、若々しいペニスをそそりたたせながら、槙島がグソンを見下ろす。
焦りをあらわにするグソンを尻目に、槙島は割り開いた股間に頭をおろして、硬い布地に舌を這わせた。
「何をするのかと思いましたよ……」
グソンは上体を起こして、槙島の銀の頭髪に指を通した。
「何をすると思ったのかな」槙島は上目遣いに悪戯っぽく笑った。
「いや……突っ込まれるのかと」
「そっちのほうが好みかい? それでもいいよ」
「いえ、遠慮しときます」
槙島はふっと笑って、グソンの空白の部位に吸いついた。
何が楽しいのか、槙島はそこに何かがあるように見立てながら、縫われた繊維を舐め上げ、くちびるで食み、時には軽く歯を立てた。少なくともその光景は、グソンの眼には愉しめた。真に迫るような愛撫は、そこにまだ陰茎と睾丸が存在している気分にさせた。
「もっと舐めてください」
汗ばんだ後頭部をつかんで、ぐっと強く押しつけると、槙島は何かを咥えこむように大きく口をひらき、股座をじゅるじゅると音を立てて吸った。グソンは、股間が重くなる感覚におそわれた。血が下半身に集中し、根元がぐんと持ち上がり、下着の内で苦しくなる、勃起という現象の記憶。
「っ……はぁ……、それ、もっとしてくれますか……」
グソンの嘆願に槙島は無言で応えた。角度を変えながらむしゃぶりつき、舌の腹が中身を失った陰嚢を布越しに何度も舐め上げる。
幻肢の感覚はますますリアリティをともなっていった。槙島に咥えられて見えないだけで、寛げた下穿きから陰茎が飛び出しているのかもしれない。そんな錯覚が生まれるほどに。
形も大きさもすでに霧の情景の彼方だ。槙島の愛撫を通して、どんな風に見立てられているのか、このとらえどころのない男が、自分という存在にどのような印象を抱いているのか想像する。
槙島の目にかかった銀髪を耳にかけると、伏せられていた金眼がグソンを見上げた。
「旦那……」
グソンは、喉から漏れた声に我ながらおどろいた。この男を呼ぶのに、こんな甘えるような声が出るときがくるとは思いもよらなかったのだ。
槙島の真っ赤な舌が、唾液のしみこんだ股部を挑発的に舐めあげる。グソンは呻きながら腰を突き出した。ひざ立ちになり、いやみなほど整った顔立ちに擦り付ける。槙島は抵抗するどころか、押し付けられた股座を食んでみせる。
もどかしさが最高潮に煮えたぎった。脳がぐらついて、槙島をシーツに組み敷く。これ以上は頭がどうにかなってしまいそうだった。
「はあ……すみません」
首元に顔をうずめて息をする。清涼感の香っていたそこから、汗の匂いがたちのぼっていた。必死に呼吸を整えるグソンの耳に、槙島の蠱惑的な声がささやかれる。
「まだ何か、して欲しいことはあるかい」
「……ヤりたくて気が狂っちまいそうですよ」
「できるだろう? チェ・グソン」
槙島の脚が、グソンの腰を引き寄せた。
「馬鹿馬鹿しいことになりませんかねぇ」
「少なくとも、退屈はしない」
「……知りませんよ」
「楽しみだな。……んっ」
槙島の性器を握ると、最初の頃が嘘のように硬く屹立したままだった。すでに一度出してもいるというのに。何がこの男の琴線に触れているのかは、やはりよくわからなかった。
〝小難しいことを並べたてているのはただの口実で、実は俺と寝たいだけとか——〟と考えて、グソンはその荒唐無稽さに笑ってしまいそうになった。思考がそれたことがバレて指摘される前に、グソンは薄氷のような唇を塞いだ。
「んっ、んっ……ンっ……」
ペニスをゆっくり擦る、その動きに擬似的なピストンを重ねる。叩きつけるようにではなく、押し込むように。陰茎への刺激に反応する姿を義眼にとらえているうちに、錯覚が起こることを期待した。槙島自身も知覚に神経を集中させようとしているのか、ヘーゼル・アイは閉ざされていた。五体満足である彼まで、《《間身体性》》論を証明しようとするのは、律儀なようだったが、ただ去勢された男が概念世界に没入できるようにするための、気の利いた計らいなのだろう。
グソンは、よりぴったりと結合するように、槙島の腰を持ち上げた。生白い肌はなめらかで触り心地がいい。若さゆえか肌の張りも違う(彼の年齢はその過去と同様に不詳だったが、少なくとも二十代後半あたりだろうとグソンは見当をつけていた)。しかしいずれにせよ、槙島聖護という存在には、どんな定義もあてはまらない。彼はシビュラシステムにさえ映らない。カテゴライズされることがない。
「は、ァ……あ……」
「自分でやりますか?」
槙島の手が、ペニスに絡みつくグソンの指をはがした。そのほうがコントロールできると判断したのかもしれない。また両手がフリーだとグソンも動きやすかった。
筋張った尻たぶを撫でまわしながら、濡れた指を狭間にさしこむと「ぁ、っ……」と低く喘いで、グソンにしがみつく腕に力がこもった。
「後ろ、使ったことなさそうですね」
槙島からの返事はなかったが、拒まれることもなかった。固く締まった括約筋をむりやり拡張するつもりはない。ただ密集した神経にくすぐるように触れて、皺に先走りを塗りこみ、知覚を植えつけていく。
「あんまりでかいと大変そうだなあ」
「元の……君のは、どうなんだい」
「さあ、覚えてませんねぇ。そうだ……旦那が決めてくれませんか。もしつけるなら……どんなのがいいです?」
湿らせた排泄孔にあらためて腰を押し当てると、涼しげな目元が細まった。
「別に、こだわりはないよ」
「それなら、小さいほうが合理的ですかね?」
「合理性は挿入のしやすさで決まるのかい?」
「でかいと思います?」
槙島の提起した疑問を無視してまで、求めている答えを引き出そうとするグソンに、怜悧な美貌が、しかたないなというような親しみを浮かべた。
「その方がチェ・グソンらしい、と言ってほしいのかな」
「まあ、旦那と同じくらいだったと思いますよ——でも、でかいほうがいいとか、あなたの口から出てくると興奮します」
唇をかすめながら吹き込むと、槙島は「馬鹿だな……」と笑ってグソンの腰を引き寄せた。
一瞬、濡れた肉の締めつけを錯覚した。衝動的に情欲を打ちつけると「アッ、あ、はっ」と腹の底からしぼりだすような声が返ってくる。はたからみれば正気の沙汰とは思えない、滑稽な擬似行為。
「気持ちいいですよ、槙島さん……」
愚かしさも積み重ねれば一種のショーとなる。グソンが戯れるように睦言をつぶやくと、槙島は舞台上で朗々と語りあげるように、低い媚声を響かせた。
ぎしぎしとベッドが軋んでいる。汗ばんだ肌がはりつき、せわしない熱い吐息が喉を渇かせる。バーチャル・セックスや、ホロを投影したラブ・ドールを抱くよりも、よほど生々しく刺激的な喜劇だ。いや、今までに経験したどのセックスよりも。
「手、止まってませんか……?」
「それ、あぁ、あ、はあっ」
ペニスを握りしめたままの槙島の掌にかさねて扱いてやると、彫刻のような身体が大きくのけぞり、脚が跳ね上がった。
「っと……もう回し蹴りは勘弁してくださいよ」
グソンは、この人に暴れられてはかなわない、と工作員時代に叩き込まれたCQCで、槙島をうつ伏せに組み敷いた。
「んっ、く、んっ……ん」
がっちりと後ろ手にさせて拘束し、上からねっとりと腰をグラインドさせ、くぐもった声を聞いていると、まさに犯している気分になる。挿入のまねごとを続けている姿勢のままでは、完全とまではいかないが、本気で抵抗されたとしても抜けるのは至難の技だ。
「大人しくしてくださいね」
「ァ……っは」
赤らんだうなじに張り付いた、白銀の髪をかきあげてやる。いたるところが敏感になっているのだろう、それだけで槙島の全身が緊張し、肌が粟立った。そんな新鮮な反応が面白くなり、襟足を触れるか触れないか、指先で戯れるように愛撫しつづけると、グソンの身体の下から突き上げるような抵抗が返ってきた。シーツに投げ出された足が、起き上がろうとつま先を立てている。
これは油断すると脱出されかねないと、グソンはより体重をかけて押さえ込んだ。
「この体位だと、根元までハメられないんですよねぇ……」
「っ……だったら、離してくれないか」
「奥に欲しいんですか?」
勢いのまま悪趣味な艶言を吐いてから、グソンはうっすらと冷や汗が滲むのを感じた。怖気付いた生存本能が、猛獣の機嫌をうかがおうとする。明日、陽を拝むことはできるのだろうか、絶頂の瞬間に頸動脈を掻っ切られたりしないだろうか。
だがすくなくとも槙島はこの喜劇を演じきるつもりらしい。額をシーツに突っ伏させたまま、ふっと力を抜いた。
ここまでされると、チェ・グソンが槙島聖護という危険な男と相対するに際し、関係性にエラーが発生しないよう、つかずはなれず、雇い主と傭人、ギブ・アンド・テイクの距離感を徹底してきたはずの《《箍》》が、ゆるんでしまうというものだった。
「やっぱり旦那、マゾヒストなんじゃないですか?」
「《《快楽とは、苦痛を水で薄めたようなものである》》——マルキ・ド・サドだ。それなら苦痛と快楽との境目は、どこにあるんだろうね……」
「それも、試してみます?」
「いいね……君の、本性がみえそうだ……」
「こういうのは、あまり趣味じゃないんですけどね」
「っ、あ……」
拘束した手首をきつく締め上げる。槙島の背筋が苦痛を逃そうと反り返った。
「……やっぱり、やめときましょうか」
グソンはぱっと腕をはなした。すかさず裏拳が飛んでくるような事態にはならず、槙島は解放された姿勢のまま、ぐったりと脱力している。
「っは……あ……」
「……もしかして、感じてました?」
「シーツに、擦れる……」
グソンは「ああ、なるほど」と納得した。押しつぶしている臀部の下で性器が圧迫されているのだ。
《《サディズム》》とまでは言えないくらいの、可愛げのある嗜虐心がふと湧いた。シーツに手をつき、腰をゆっくりと浮かせる——。
「ンっ、ぁ!」
身じろぎかけた槙島の上から腰を落とし、奥をつらぬくように突き上げる。
「チェ、っ、ぁは、あ、あっ」
グソンは、シーツをつかんで這いずり出ようとする槙島の脇下に腕を通し、がっちりと羽交い締めにした。上体だけをぴったり合わせたまま、腰だけでピストンを繰り返す。ギッギッギッギッ、とスプリングが悲鳴をあげながら反発する。
「シーツに擦れてるだけなんですか? 俺に突っ込まれて、犯されて、よがってるんですよね」
「く、……んっ……は、ぁっ、あっ」
「今、ケツが力みましたね。想像しました? 教えてくださいよ、旦那が考えてること。いつもみたいに」
「ぁ、あ、あっ……ぃ」
グソンはピストンを一旦止めた。槙島が何事かをつぶやいたはずなのだが、嬌声と耳ざわりな軋みによって掻き消されてしまったようだ。腰を密着させたまま、ナカをまぜっ返すように動かしつつ「なんです……?」とやさしくたずねる。
「君の……、い、いね……」
息も絶え絶えに絞り出された声はかすれきって、槙島が何を言ったのかを、言語として認識するまでに間が生じた。
「何が、いいんですか?」
「は。言わせるのが好きだな、君は……」
「恥ずかしくて言えないってタマでもないでしょう。あなたの遊びに付き合ってる報酬くらい欲しいもんですね」
槙島は、もったいぶるようにして「君の……」とささやきながら振り向いた。グソンを見る薄い金色の瞳が、はちみつのように深く溶けていた。
「……ペニスだよ。君は同じくらいだと言ったが、おそらくもっと、長かっただろうね……」
「へえ……なんでまた、そう思うんです?」
「動作のクセ、かな……この姿勢でそのやり方なら、長さがないとすぐに抜ける……」
「ヤられながらそんな計算してたんですか? その《《いい物》》で突かれてるところを想像して?」
赤らんだ耳にささやくと、槙島の喉から、は、と息が漏れ、腰を密着させている尻臀が吸い付くように反応した。猥言に弱いというよりは、おそらく《《言葉》》そのものが、槙島の脳に浸透しやすいのだろうということが、グソンにはすでになんとなくつかめていた。読書を通じてことなる世界に浸りつかるように、槙島は今、グソンの語りかける言葉によってイメージを高めている。
「……動きますよ」
「ん、あ……っ」
具合を確かめるように、徐々に長いストロークへ。安いスプリングに負担のかかる音をききながら、場末の野卑なストリップ・ショーのように、見えざる観衆へ演出するように、グソンは大げさに腰を振った。
槙島の爪立てた指にシーツが寄りあつまり、黒い生地の下からマットレスが露出した。どうせ剥がして洗わなければならないことを考えれば気にはならない。だがこの狂騒の後始末をするときの自分が何を思うのか、まったく想像がつかなかった。
「はっ、あ、あ、あ、っ……」
耳通りのいいテノールに、うわずったような色が混ざりはじめる。
グソンは拘束を少しずつ緩めていき、槙島が抵抗しないことを確認してから上体を起こした。
筋肉にくびれた胴体をつかみ、射精という終幕へ向けて小刻みにピストンする。額からにじんだ汗が、あやしく光る義眼を濡らし、残った神経に微弱な刺激をもたらした。
そのとき下穿きがひどく窮屈に感じた。
グソンは、いっさい触れずにいた自身の下肢に片手をのばした。腰を振りたくりながら、ベルトを抜き、前をくつろげ、割りひらいた尻臀の奥へ——挿入した。
「っ、グソン、あ、ぁあ……っ!」
ビクッ、ビクッ、と槙島の身が跳ね上がる。
「またイっちまったんですか?」
シーツに伏せられた顔がどんな表情をしているのか。好奇心が情欲に突き動かされる。
グソンは、槙島の絶頂が余韻にかわらないうちに、重い身体を力ずくでひっくり返した。その拍子に、狭いベッドから槙島の片脚がはみだしたが、グソンの義眼は他の事象に釘付けで、それどころではなかった。
「アッ……あ……っ」
ときどきゾっとするほど冷ややかで、人間味のない美貌が、快楽という陶酔におぼれている。さながらビジュアル・ドラッグをキメたかのように、金の瞳はうつろにとろけて、口元はゆるみ、すべてを忘れている。
見てはいけないものを見てしまったような気がして、グソンはハッとして目を逸らした。その先で、槙島のいきり立つペニスが、ひっきりなしに跳ねていた。だが精液が迸った形跡がどこにもなかった。
「旦那?……まさか」
てっきり、シーツに擦れた刺激で達したのかと思えば。
最高潮の興奮が、グソンの脳天を稲妻のごとく貫いた。未だオーガズムのさなかにある槙島の上に倒れ込み、情けないうめき声を漏らしながら、腰を震わせる。
久しく感じることのなかった、そしておそらく二度と得ることはないと思っていた、強烈な射精感に、理性を司るありとあらゆる思考が搾り出されていくようだった。
はあ、はあ、といくら呼吸をしても酸素が足りない気がした。グソンが顔を上げると、深遠な金のまなざしが、ぼんやりとした余韻をのこしながら、義眼の煌めきをうつしていた。
どちらから先に口付けたのかは、もうわからなかった。上下を入れ替えながら、脚をからませながら、狭いベッドの上で、めちゃくちゃに互いを貪り合った。均整のとれた身体を抱きしめ、昂ったまま取り残されたモノを扱きながら、息継ぎをする唇にささやく。
「擬似セックスでナカイキって。本物のチンポ嵌められたら、どうなっちまうんですかねぇ、旦那……?」
——ま、本物といっても義体ですけど……と続けるグソンに、槙島は返事をしない。仄かに笑みをうかべて、まなざしだけで雄弁に語っている。グソンは槙島の考えていることをいつも理解できるわけではなかったが、この時ばかりは確信を抱いた。
「あなたの言うとおり、恋焦がれてるってわけじゃなかったんですがね……」
あまり饒舌になりすぎるのも、不興を買いかねない。槙島の興味の程をたしかめるように言葉を止めると、続きを聞こう、というように槙島は目蓋を閉ざした。いくら見ても飽きない顔立ちをながめながら、グソンは口をもう一度開いた。
「……だいたいもっと可愛いタイプならともかく、旦那に手を出すなんて、命がいくつあっても足りないじゃないですか。それに性的な空気がないっていうんですかね……俗っぽさがないというか……あなたをエロい目で見ちまったのは、ほんと、ただ溜まりすぎて誰でもそういう対象に見えてた、それだけなんですよ……でもこれからは、ムラつきすぎて旦那を見るんじゃなくて、旦那を見てムラついちまいそうだ……いつも澄ました面してるあなたが、こんなに……」
そこまで言ったところで、もういい、というように口付けに襲われた。グソンは手の動きを早めて、喜劇を終幕にみちびいた。
あまりにも衝撃的な出来事だった為か、それともベッドが手狭すぎたせいか、グソンは二時間ほど眠ったかどうかというところで目覚めた。
腕の中では、抱えて眠るには少々長躯すぎる男が目をつむっている。槙島聖護の寝顔をまじまじと見る機会は滅多にない。三時間程度の睡眠しかとらないショート・スリーパーであることもそうだが、ただ目を瞑って思考に耽っているのか、眠りについているのかも、見分けがつきにくい。それに少しでも気配を感じれば、すぐにぱっちりと目を開きそうなのだ。
「槙島さん……?」
規則正しい、ような寝息だけが響く。おそるおそる目にかかった前髪をかきあげても、白いまつ毛は伏せられたままだった。
変な気分だとグソンは目を擦った。この瞬間を逃すのは惜しいような気もしたが、他ならぬ彼の期待に沿うためには、あまり時間を無駄にしてもいられない。
起こさないようにゆっくりと身を離そうとして、唐突に槙島が口を開いた。
「……ソクラテスは、エロースにパリノードを捧げた」
「起きてたんですか……」
グソンは身体をベッドに横たえなおした。おそらくこれは引き留められている。そういう回りくどさを察するのにもずいぶん慣れた。
「パリノード?」
「取り消しの詩だ。自分に恋する者に身をまかせてはならない、というのは誤りであるとね」
槙島はそれ以上は語らなかった。
「……旦那は恋したことあるんですか?」
「ジュリエットにもウェルテルにも、共感はできないかな」
「聞いておいてなんですが、想像できませんねぇ、旦那が恋愛なんて……」
槙島の手がおもむろにグソンのうすい頬に触れて、親指が目の下をなぞった。
「何かついてます?」
「よく似合っているよね」
「もうすっかり馴染んでますから」
「どんなものにも代わりはあるものだ」
槙島は興味を失ったように手を落とし、寝返りを打って背中を向けた。その様子はまるで拗ねた子どものようにも見えた。
「あなたの代わりはいないと思いますけどね」
「……買い被りすぎだな」
グソンにはそれ以上踏みこまなかった。
ベッドから身を起こしてうんと腰を伸ばす。疑似性交のおかげか、睡眠時間のわりに頭がすっきりしていた。良いインスピレーションに恵まれそうだ。
先にリビングを片付けて、しばらくして起き出すであろう槙島のトレーニングに付き合い、朝食を用意する必要がある。メニューはどうするか——今日の予定を考えながらグソンは「あ」と思いついた声をあげた。
「頼みごと、忘れないでくださいよ」
「君が目的を果たしたならね……期待しているよ、チェ・グソン」
グソンは薄く笑って「おまかせを」と答えた。
自分のスペアが存在するかどうか、証明する時がおとずれた予感がした。