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Nulla avaritia sine poena est.

 ぬちぬちとねばついた音が繰り返されている。 「はぁです……もっと、ぁ、突いて……」 「あー……もう無理だ」  ハーデスは、馬乗りになっている彼にむかって、疲れを隠しきれない声音でいった。  しがみついて首筋に吸いつかれても、ねだるように腰を揺すられても、限界は限界なのだ。そもそも彼でさえ、もうほとんど身体の力が抜けていて、わずかに腰を浮かせるのがやっとだというのに、これ以上を求められるのは無茶というものだ。かろうじて硬度を保っているだけでも、まだ頑張っているほうだ。  とはいえ、ハーデスは根が真面目な気質から、一応はなけなしの力を振り絞ることを試みた。  ズンっと奥を突かれて、彼はとろけたような声をあげたが、それ以上は続かず、ふたたび糸をひくようなゆったりとした腰使いに戻る。白濁液にまみれたなかは、滑りがよくきもちいいが、それだけ何度も出したということだ。 「君、って、体力……ないなあ……まだ、ぜんぜん出して、ないじゃないか」 「……三回も出せば充分だろう、お前と一緒にするな」  ハーデスはうんざりしたように言うと、突き上げる動きを完全に止めた。ああ、と彼が物足りなさそうな声をあげるが、知ったことではなかった。はあ……と息をついて目を瞑る。止めたら止めたで擦りつづけていたそこが、刺激をもとめてうずうずとしたが、眠っていればおさまるだろう。 「は、ハーデスぅ……」  彼はどうにかして起こそうと、ぺちぺちと頬を叩いたり、唇をついばんで愛を乞うが、ハーデスは鬱陶しそうに顔を背けた。しだいに中のものもくったりと小さくなりはじめ、みじろぎした拍子にずるりと抜けてしまう。  しぶしぶとハーデスの上から退き、となりに横たわる。同じようにまぶたを閉ざして、眠りについてみようとはしてみるも、身体にこもった熱は、簡単には鎮まってくれそうもなかった。 「……はぁ……っ、ん……っ」  べとべとに濡れた性器を自分でなぐさめる。どうにか放出してしまえば、とりあえず眠れはするだろう。ハーデスは早くも意識を落としたようで、規則正しい寝息が聞こえてくる。彼はすこし寂しくなった。上下にしごくだけの短調な動きを繰り返しながら、どうして僕はこんなに満足できないのだろう、という思考が脳裏をよぎる。ハーデスに愛されていないとは微塵も思っていない。けれど肉体的な欲求度に関しては、あきらかな差があるのだ。以前はそうではなかったのだが。  ヒュトロダエウスが言うには、魔力生成量にたいして、放出量がつりあってないとそうなる場合があるという。しかしそれは仕方のないことだ。なぜなら彼はしばらく、創造魔法を禁じられていた(得体の知れない恐怖の魔法生物を創ったり、閉鎖空間にハーデスとヒュトロダエウスを巻き込んだりしたので、自業自得である)。  そう、普段は——色々あって三人でそういうことになった——ヒュトロダエウスがいるので、彼の欲求不満もそこまで深刻にはならなかった。だがしばらく忙しいとのことで、ここ数日は彼とハーデスのふたりきりの生活だった。  足りない。全力で突かれて、空っぽになるまで出して、へとへとになって、ぐっすり眠りたい。  あおむけで深い呼吸を繰りかえすハーデスに擦りよりながら、ゆるやかにのぼりつめる快楽に眉根をよせる。どうも強すぎる刺激になれすぎると、自慰程度では満足しにくくなっていけない。そうだ、ひかえるべきなのだろうか。我慢していれば、欲求不満もおさまってくるかもしれない。できれば、の話ではあったが。 (我慢、しよう……我慢……)  彼は手の動きを徐々にゆるめた。性器が摩擦をもとめてひくひく痙攣する。彼は気をまぎらわせるために、目の前のぬくもりに額を押しつけたが、落ち着くどころか、とろりと蜜があふれてまったくの逆効果だった。  ハーデスの近くにいるのが悪いのだと寝返りを打った瞬間、彼が離れるのを無意識のうちに感知したのか、無造作に投げ出されていた腕が、彼を追いかけた。 「あー……っ、もう……」  彼は反転しかけた身体をもどした。元どおりにハーデスにくっついて、その腕の中におさまると、手をとって自らの胸に誘導する。どうせしないなら放っておいてくれればいいものを、君が悪いのだ、などと思いながら、丁寧に整えられた爪先をつまむ。 「……っふ…………っん」  自分でさわっている感触がないだけで、まったく違う快感がぞくりと神経をはしった。実際にハーデスがするよう丁寧につぶをこねまわせば、愛撫されている錯覚にひたることができる。そしてピンと硬くなった先端を、やや乱暴にはじけば、想いびとの指で、勝手に自分をなぐさめる背徳感にふるえた。触れていない幹を、つう、と雫が垂れ落ちて、シーツに水溜りをつくった。  けれどやはり自分で動かしていることにはかわりなく、もどかしさが募ってどうしようもない。いっそ《《解消》》するための物を創造してみようか、と反抗心がむくむくとわきでる。禁じるだけ禁じておいて、この仕打ちはあんまりではないだろうか。いいやハーデスは、充分すぎるほど愛してくれている、それはわかっているのだ。だからこれは、かれに負担を強いないために、いたしかたなく約束をやぶるのだ。  ハーデスの手を離し、意識を集中させる。 (奥を激しく突いてくれるもの……いや、せっかくなら他のところも触ってほしい。ハーデスにもっとキスしてほしかったなあ。人型はやめておこう、僕が求めているのはただ欲求を解消するためのモノだ。ああ、ハーデスにいれてもらいながら、ヒュトロに舐められたいなあ……しつこく突かれて、あふれるほど中に出されたら、気持ちがいいだろうなあ……)  ありあまるエーテルが収束し、イデアが顕現する。両手の中につつみこんだ創造物が、花ひらくように《《ツル》》を伸ばした。 「っ……あ⁉︎」  一瞬の出来事だった。彼は宙に逆さづりにされていた。片足首をつかまれて、わけもわからずぐるぐるとあたりを見渡す。  薄暗い室内の一面を、ぬらぬらとした黒い触手状のものが覆い尽くしていた。ハーデスの邪魔をしないように、と思っていたのが幸いしたか、ベッドだけは結界でもはられているかのように無事だった。  また変なものを創ってしまったなあ。宙吊りになりながら呑気に考える彼の四肢に触手がまきつく。こんなもの簡単に引きちぎれるだろう、と引っ張ってみると、意外に伸縮性がある。あれ、と思ったときには宙にはりつけにされていて、身動きのとれない状態になっていた。 「あ、っ……ちょっ……待っ……」  ぬるぬるとしたものが身体中を這っている。待て、なんて意思のない創造物に言ったところで止めてくれるわけもなく、むしろ開いた口に誘われるように触手が侵入する。つるつるとして弾力があるそれが喉奥をつついて、反射的に歯をたてると、先端からじゅわりと粘液がにじみでた。  咥内にしみわたる甘さに、彼は抵抗を忘れてしまった。んく、んく、と喉仏が上下して、そそがれる媚液を嚥下していく。触手は舌を愛撫するようにからみついて、とろけるようなその動きが、ヒュトロダエウスとの深いキスに酷似していることをうっすらと認識する。舌の裏を円を描くようになぞられるところなどそっくりだ。そうされると彼の呼吸はどうしようもなく早まって、息苦しさに喘ぎながら逃げようとするのを、後頭部をしっかりと抱き寄せられて、存分に舌をしゃぶられてしまう。咥内を犯す触手も、まったく同じように、先端の口をくぱっとひらいて彼の舌をのみこんでしまった。 「んーっ……、んっ……う……」  宙に浮いた足がじたばたともがく。揺れにともなって蜜を滴らせる下肢の中心に、さらなる触手が忍び寄っていた。 「っ……ン……!」  先走りを掬うように触手が性器の裏を舐った。そのまま亀頭をちゅぱちゅぱと吸われて、足がぴんと伸びる。触手の口はひだのような、やわらかな線毛におおわれていて、その中でごしごしと扱かれると、快感の奥にひそむくすぐったさに、神経がぞわりと逆立つようだった。根元まで咥えてほしさに腰を前に突き出せば、ぬるりと半分ほどが埋まった。きもちよさに腰がへこへこと揺れる。なにかに挿入して快楽を得るのは、ひさしく覚えていない感覚だった。  夢中になってむさぼっていると、細い触手がちろちろと乳首を舐めはじめた。彼はくぐもった喘ぎ声をあげながら、たまらなくなって身をくねらせた。抵抗が激しくなったと勘違いした触手が、四肢の拘束をつよめて、さらにがっつりと両足をひろげられる。力をこめてもびくともしなくなった状態で、あまい媚液を飲まされ、乳頭をくすぐられ、性器がじゅぽじゅぽと音をたててしゃぶられる。 「んっ、んッ……ンううーッ……!」  びくっ、びくっと、全身が痙攣した。性器を咥えこんだ触手が、放たれた精液をのみほすように蠕動する。彼はひさしぶりの頭が真っ白になる法悦に耽溺した。  とんでもないものを創り出してしまったかもしれない。こんなもの、おかしくなる。だめにされる。病みつきになってしまう。彼ははじめて本気でもがきはじめた。もう充分だ、解放されたい。  だが性欲処理のイデアは、まだ役目を果たしていないと言わんばかりに、あらたな太い触手を彼の目の前にかかげた。それは明らかに男性器を模したかたちをしていて、しかもハーデスや、ヒュトロダエウスのものよりも大きい。はいらないこともない、という大きさだが、本能的におびえてしまう。  咥えさせられていた触手が出ていく。助けをもとめるか否か、逡巡してしまった隙に触手の逸物が、かわりに口をふさいでしまった。まるでこれから挿入されるものの形を教え込むように、じっくりと、ゆっくりと、咥内に出し入れされる。硬さや感触、雁首のくびれなどを味わっていると、だんだんと彼の脳髄がしびれだす。先ほどまでハーデスに愛されていた後孔が、ひくひくと収縮で期待を示した。  ちゅぽん、と音を立てて、咥内から引き抜かれる。いつのまにやら触手の逸物にみずから奉仕をしていた彼には、もう抵抗の素振りはみえなかった。姿勢を四つん這いにされて、ぱっかり開いた尻のあわいの窄まりにぴたりとあてがわれると、彼は「ぁ……」と小さく声を漏らした。 「ぁ、……っあ、あっ、あっあっあっ」  ゆるやかなピストンはすぐに激しいものへと変貌した。身をよじらせて快感を逃がそうとしても、拘束はけっして緩まない。脚をだらしなく開いたまま、彼は首をのけぞらせて鳴いた。ハーデスに聞こえてしまう、起こしてしまう。こんな創造物をつくって楽しんでいるところを見られたら、なんと言われるか。約束をやぶったことも相まって、いよいよ軽蔑されるかもしれない。慄く思考を読んだように、触手がふたたび彼の唇にすりよった。今度は自分からすすんでそれを咥えこむ。歯をたてても平気なのが幸いだった。くちゅくちゅとなめらかに抽送する触手陰茎に、前立腺を小刻みにねらわれて、歯を食いしばりながらくぐもった嬌声をあげる。  眼下でハーデスが「んん……」とうめいて寝返りをうった。彼は焦りから後孔をぎゅっと締めつけた。それがちょうどいいところに当たって、電流が神経をかけぬけた。 「ンッ……ンーーッ、う……っ……んっ……」  つきぬける絶頂感に全身を硬直させる。悲鳴のような声は口をふさがれていても、抑えられているとは言いがたかった。 「……っ⁉︎ んっ、ふ……ッ」  別の触手が背後から首にまきついて、気道をつぶすように、きゅっと締めついた。嬌声が完全に静まる。  彼は目を白黒させながら本気で暴れた。エーテルを練り上げ、四肢の力を強化し、拘束された腕をどうにかひきよせて、首にまきつく触手に指をひっかける。だが後孔に突き刺さったままの逸物が律動を再開した。奥になんどもキスするハーデスのようなピストンに、彼のからだから力が抜ける。 「ッ……っ、——っ……!」  ひくひくと全身を痙攣させて、彼はふたたびのぼりつめた。なおも触手はしつこく奥を責め立てる。快楽に追い立てられるような突き上げだった。これもハーデスが中に出したがっているときとそっくりな動きだ。からだが勝手に反応する。ハーデスに求められてるように錯覚した脳中枢は、快楽物質をはじけさせる。より奥まで受け入れられるように、下肢が弛緩する。  深部に口付けた状態で触手が動きを止めた。ひとまわり太くなって、窄まりがみっちりとひろがる。体内が熱くなってきて、やがてごぽごぽと粘液が隙間からあふれだす。  ——創造物に、種付けされている。  彼は背徳の悦楽におぼれた。きもちいい。直腸がもっともっとと吸い上げるように収縮する。吐き出した種を内部に擦りつけるところさえ同じだった。  断続的な痙攣をくりかえしながら、彼はなんとか指先にエーテルを集中させ、首をしめあげる触手に押しつけた。ジュッと焼ける音がして、つるがぼろぼろと崩れ落ち、身体にまきついていた触手の力も弱まった。口の中の触手も吐き出して、朦朧とした意識に酸素を供給する。 「っはー、はー……」  彼は唾液を垂らしながら、部屋を埋めつくす創造物をにらみつけた。欲を吐き出していささか冷静になって、どうにか気づかれないように処分することを考える。焼きはらってしまうのが一番手っ取り早いのだが、それでは本末転倒だ。  しかし思慮をめぐらせる彼が解決法にいたるよりも先に、あらたな状況がおとずれた。  がたがたと扉がゆれる。「おや……」なぜか開かない扉に、不思議そうなつぶやきが漏れ聞こえた。ヒュトロダエウスだ。 「なるほどね」続いて聞こえた言葉に、彼はうなだれる他なかった。室内のエーテルを視て、なにが起こっているのか悟ったのだろう。一拍置いて、触手たちがさあっと扉付近から逃げ出した。いったいなにをどうしたのかわからないが、ヒュトロダエウスは静かに姿をあらわした。 「……これはまた、すごいものを創ったね」  部屋をぐるりと見渡して、最後に宙づりになった彼を見上げる。うごめく触手たちに、手足を拘束され、性器をしゃぶられ、後孔に突っ込まれた、あられもない姿の彼を。  なにをしていたのか、などヒュトロダエウスでなくとも一目瞭然だ。そしてもちろん、創造魔法を禁じられていることも知っている。 「ヒュ……ヒュトロ……」  できれば助けてほしいし、秘密にしてほしかった。しかし多忙によりやや憔悴した顔に浮かんだ含み笑いに、彼は希望的観測が絶望に変わることを予期した。 「ワタシはキミの創造物を、個性豊かで、突拍子もなくて、面白いと思っているけれど……約束を破るのは良いとはいえないね」  ヒュトロダエウスの言う通りだ。彼はぐうの音もでなかった。 「フフ、そんな顔をしないでおくれよ。もちろん、キミを放ったらかしにしたハーデスにも責任はある。おたがいにすこし反省する必要があるんじゃないかな」  おたがいに反省、という言葉に彼はひどく嫌な予感を覚えた。ヒュトロダエウスの表情は、特別親しいひとでなければ、いつもの朗らかな笑みを浮かべているだけのように見えるだろうが、彼の目には明らかに違って見えた。これから起こる出来事に、興奮を隠しきれない顔をしている。 「い、いや、ハーデスは、僕をおもってちゃんといつもより……だから悪いのは僕なんだ」 「そうかい? でもキミは《《足りなかった》》んだろう? やりようなんていくらでもあるのに、それを怠ったのはハーデスだからね」  例えば、とヒュトロダエウスは片手を出して、その中に何かを創造しはじめた。かれは一度視たことのあるイデアなら、魔力をあまりに消費するものでなければ、ほとんどをそのイデアなしに再現することができる……という噂があった。  ヒュトロダエウスのことだ。どんなことができたっておかしくはない、と思っている彼は、戦々恐々としながら創造魔法の行方を見つめた。  あらわれたのは、きらきらとひかる小さな結晶片だった。 「……それは」 「キミの望みをかなえるものだよ」  ヒュトロダエウスはにっこり笑うと、綺麗だが得体の知れない創造物を、自分の口内にほうりこみ——そして眠れるハーデスに接吻けた。 「…………んっ……んんっ……」  舌をねじこまれ、ハーデスの眉間のしわが深くなる。  やめろ……と重なった唇の隙間から漏れたが、その声の調子から、キスの相手がヒュトロダエウスだとは気付いていないようだった。いちおう律儀に舌をさしだして欠片を受け取り、喉仏が上下する。  ヒュトロダエウスは面白がるように、なおも舌をからめつづけた。くちゅ、くちゅ、と水音を立てる、ねっとりとした口づけをみて、彼はうらやましさから受け入れたままの触手を締めつける。なぜか、その微々たる反応に気づいたように、ヒュトロダエウスは小さく笑った。 「っ……いい加減に……」  うっすらとまぶたを開いたハーデスは、ぎょっとしてヒュトロダエウスを押しのけた。 「やあ、おはよう。キミの顔を見るのもずいぶん久しぶりな気がするよ」 「……い、いつ帰ってきた。というか、この有り様はなんだ、一体どうなっている」  おどろくのも無理はない。壁も床もふくめて部屋中に触手がひしめいているのだから。  ヒュトロダエウスはにやにやしながら、いまだ天井付近に浮いている原因を指さした。ハーデスは一瞬で状況を理解した。 「……創ったな」地を這うような低い声で非難する。彼は眉根を下げてうなだれた。 「まあまあ。彼だって大変だったのさ。こんな素敵なものを創り出してしまうくらいにはね」 「ハァ…………とりあえず、これは消すぞ」 「ああ、それはすこし待ってくれないかい」  ヒュトロダエウスは人差し指をくいくいと曲げて触手を呼びつけた。吊られたままの彼がふたりの目の前に降りてくる。 「ぁ……は、ハーデス……」  星明かりしかない薄暗い部屋でも、ここまで近づいてしまえば、絶頂の余韻であらい吐息も、紅潮した頬も、後孔をつらぬいたままの物も、そしてそこから溢れだす淫液も丸見えだ。  ハーデスの黄金色のまなざしから逃れるように腕に力をこめてみるも、先ほどとは打って変わってびくともしない。なぜ、という疑問は、ヒュトロダエウスの表情を見て氷解した。かれの仕業だ。部屋に入るときに、なぜか触手たちが逃げ出したが、きっとなにかしらの細工をほどこしたのだろう。だから触手はかれの言うことをきくのだ。創造主ですらままならないというのに。 「っ……ア」ずるりと後孔から触手がぬけて、彼は身をふるわせた。 「見てごらんよ。キミやワタシのものより太くて長いね」  ハーデスはなにも答えなかった。彼の身をじっと無表情にながめている。それがいっそう不気味だった。  こんなハーデスは見たことがない。相当怒っているのだろうか、これからどうするつもりなのだろう。不安をかきたてられる。次の瞬間には触手ごと燃やされているかもしれないし、呆れられて、二度と諫めてさえくれないかもしれない。そう思うと彼の心臓はぎゅっと締めつけられた。 「せっかく創ってくれたんだ。もっと楽しもうじゃないか。ねえ、ハーデス」  室内を埋め尽くす触手がうごめきだし、彼のみならずハーデスの腕や足にもまきついて、三人を中心に繭のような空間が形成されていく。 「なにを」と慌てながらきょろきょろとする彼にたいして、ハーデスは一切の抵抗をみせない。 「ハーデス……?」  意識が朦朧としているのだろうか、彼の声かけにも反応はなく、その瞳はうつろだった。ヒュトロダエウスに飲まされたイデアが原因であろうことはすぐにわかったが、いったいどんな効能をもたらすものなのかはわからない。 「ヒュトロ、何をするつもりだい」 「キミの望みを叶えるだけだよ」  ヒュトロダエウスはローブをエーテルに還しながらにこりと笑った。しなやかな体つきがあらわになり、素足で触手をかきわけるようにしてふたりに近づく。  望みを叶える、というのは、快楽を求めてやまない体のうずきを、どうにかしてくれるというのだろうか。  長い指にあごをすくわれて、唇を寄せられたとき、彼は期待からわずかに舌をのぞかせた。ヒュトロダエウスのまなざしは、疲労ゆえにいつもより落ち窪み、気だるげで、なんともいえない色気をまとっていた。彼は瞼を閉じかけたが、微笑は頬をかすめるように通り過ぎて、耳の繊毛をくすぐるようにささやきが吹きこまれる。 「キミはさっき……とても物欲しそうな顔をしていたね」 「ぁ……、あ、……」  軟骨を食まれる感触に、ぞわぞわとしたものが腰に重くひびく。首筋からはうすまった香気がただよい、彼は無意識に腰を押しつけようと何度か突き出した。ヒュトロダエウスはそっと身を離すと「フフ……そう、そんな顔だ」と笑いを漏らした。  望みを叶えると言いながら、ヒュトロダエウスは決してそれ以上の慰みをあたえなかった。彼はいまだ性器を咥えている触手で刺激を得ようとしたが、その思考さえ読まれているかのように、ちゅぽんと抜け落ちる。ああ、と泣きそうな声があがった。  さて、彼の目の前でハーデスを少しばかり《《仕上げて》》しまおう。とヒュトロダエウスが振り返る。 「……ハーデス?」  ヒュトロダエウスにしては珍しい、困惑したような声音に、彼はおもてを上げてハーデスに視線をむけた。  その目が驚愕に見開かれる。 「ァあ……ぐ……」獣のようなうなり声があがる。食いしばった口元から涎がぼたぼたとこぼれ、金の瞳は爛々とかがやいている。手足の拘束はたえずギチギチときしむような音を立てていて、全身の筋肉が盛り上がっている。  なにより目を引いたのは、肥大化した陰嚢だ。触手にまきつかれて、ぱんぱんに膨れ上がった輪郭が強調されている。そそりたつ雄にはびっしりと血管が浮き出て、ときおりビクンと跳ねては先走りを滴らせた。  この様子は明らかに異常だ。こんなイデアが認可されるはずがない。 「ヒュ、ヒュトロダエウス! ハーデスが」 「……ここまでになるとは思わなかったよ。少し……まずいかもしれない」  ヒュトロダエウスとて、まさか危険なイデアを親友に使うわけがない。ハーデスに飲ませたものは、多少欲求に正直になるだけのものでしかなかったはずだった。もともとは勤勉に働きがちな市民に対して、精神および肉体的負荷が重篤化する前に休息をとらせる——つまるところ抑圧を解放させるための健全なるイデアだ。そこに多少の精力増強の効能を追加したりはしたが、このような禁制イデアじみた効果が発揮されるはずもない。  考えられる原因はひとつしかなかった。  抑圧された欲望が、ヒュトロダエウスの予想をはるかに超えるものだったのだ。 「我慢は身体に毒、ということをまさかキミが体現するとはね……」  頑強すぎる理性も考えものだ。  ハーデスの身のうちに燃えさかる、炎のようなエーテルは、かれが冥界由来のちからを取りこんだときの様子に酷似していた。今はまだハーデス自身にもかろうじて理性が残っているのだろう。だが魔力を繰るのも時間の問題のように見えた。  ハーデスのまなざしは、獲物をねらうように決して彼から視線を外さなかったが、ハァー、ハァーと深い呼吸をしているのは、気持ちを落ち着かそうとしている証拠だ。 「苦しいのかい……?」不意に彼がハーデスへと手を伸ばそうとした。  金の瞳孔がカッと見開かれる。 「待つんだ、興奮させてはいけない」  ヒュトロダエウスが制止すると同時に、触手の一本がブチッとちぎれた。噛み締められた歯の隙間から空気が抜けて、魔力の炎がゆらめく。彼はハーデスの様子におののいて息をのんだ。  すぐにあらたな触手がハーデスにまきついたが、かれが本気になれば、糸くずとさして変わりはない。早く欲求を発散させてやらなければ、何をするかは明白だ。  ヒュトロダエウスは、彼の性器を咥えこんでいた触手をあやつり、ハーデスの赤黒くはれあがった亀頭へ誘導した。 「っ……ぅンッ……ン……!」  大きく口をひろげた触手が、肥大化した逸物をぬるぬるとのみこんでいく。大腿筋がひきつるように痙攣するのが彼の目からでもはっきりとわかった。  つい今しがたまで彼も味わっていた、あの襞の感触は、当然ハーデスにとっても堪えがたい刺激であるはずだ。ねじるような回転運動を交えながら触手が前後するたび、眉根がひくついた。弱いところなど知り尽くした動きだ。  だがハーデスはなかなか達しなかった。歯を食いしばりながら、漏れそうになる声を極力おさえ、時には汗に濡れた首をそらし天をあおいだりもしたが、絶頂にのぼりつめることがない。 「ハーデス、出すんだ」 「——ッ……ぁああ……!」  ヒュトロダエウスの命令を聞いて、付け根まで被さった触手が、じゅるじゅると淫猥な音をたてて逸物をしゃぶりあげる。ハーデスがもがこうとして、四肢にまきついた触手がビンとはった。容赦のない責め苦から逃れるように腰をめちゃくちゃに振りたくる、その動きにあわせて触手が逸物をしごいても、なお頂には至らない。このまま続けていても埒があかない、と判断したヒュトロダエウスは、ひとまず触手の動きを止めた。 「彼に操立てでもしているのかい?」  ただの創造物相手に、しかも彼が生み出したものだというのに。  肩をすくめる友人に、ハーデスはぎらついた目をむけた。瞳の奥で理性と欲望がせめぎあっている。 「わかるだろう、彼を想うなら、キミは早く欲を解放して落ち着く必要がある」  ハーデスはもう一度、正面の彼を見やった。  獣欲の浮き彫りになった顔つきに、彼はひるんだように身をわずかに引く。それがより嗜虐心を刺激したのか、逸物を咥えた触手が中の脈打ちをつたえた。一見して怯えをみせた彼のエーテルが、実のところ期待に揺らいでいることを見破る余裕が、今のハーデスにないことは幸いだった。もしそれが《《視えて》》いたなら、いかな理性の塊のような男であっても、理性の糸が切れていただろう。  自身とおなじように四肢の自由をうばわれ、さながら捕食されるのを待つばかりの彼の前で、ハーデスのまなざしが、見るな、とでも言うように不意にそらされる。 「っく……ぁ……っン……」  ハーデスは視線をあわせないように、うつむきながらゆっくりと腰を動かしはじめた。ぬち、ぬち、と出し入れされるそこから、白濁した粘液が泡立ちながら逸物にまとわりつく。先ほど彼が出したものだ。ハーデスもそれを意識したのか、呼吸が浅くなって、だんだんと快楽にしたがってピストン運動を早めた。 「ハ、……デス……」かすれた声で彼がつぶやいた。興奮させてはならないという、ヒュトロダエウスの言いつけをどうにか守ったものの、自分のナカではないものへ腰を振る姿を見るのは、つらいものがあった。触手のあじわいに夢中になりつつある恋人の、情欲にゆがむ顔をただ見ているしかない状況。情けなくたちあがった性器から、ひっきりなしに粘液が垂れる。  今の彼に慰みが与えられるわけもない。さすがに彼の甘い声を聞かせてしまえば、重い欲望をはねのけた、せっかくの理性を崩してしまうだろう。彼はハーデスが絶頂にいたるまで、何もせずにただ見ていることしか許されないのだ。果てる快感に無防備になる瞬間を、ずっしりと膨らんだ睾丸から子種がおくられ、自ら生み出した創造物のなかにたっぷりと吐き出されるところを。  いやだ、と彼は思った。どうして僕がいるのに、そんなもので気持ちよくなるんだ。  同時にこれは罰だとも思った。ハーデスがいるというのに、約束を破ってまでこんなものを創った自分への。 「ヒュトロ、せめて、君の手で……」 「ワタシが? ハーデスには、キミが気持ちよくなったあれがいいと思うけれど」 「……君の手にだって何度もされているし……それに、あれより……きもちいい……」  ヒュトロダエウスの手つきを思い返して、彼は身震いした。あの繊細な指遣いは、創造魔法では決して再現できないだろう。 「……キミは本当に困った人だね」 「ッ……ヒュトロ……」  ヒュトロダエウスの指が、彼の先端をとんとん、と叩いた。ねばついた糸が引く。腹筋をひくつかせて悦んだ彼に、据わったようなまなざしが近づいて、鼻先が掠めて、まつげが触れあった。  やわく上唇を食まれる。慣れた唇は舌を迎え入れようと半開きになったが、ヒュトロダエウスのかわいた唇は、触れるか触れないかのところまで離れて、小さくささやいた。  ——そんなにめちゃくちゃにされたいのかい。  今にもその唇に噛みつかれそうになったとき、背後でハーデスが切羽詰まったような声をあげた。 「ンッ……んっ……ぐ……っ!」  ヒュトロダエウスは身を離した。彼の視界に映ったハーデスは、全身を硬直させてビクビクと震えていた。  達したかのような痙攣だったが、ヒュトロダエウスの眼にはそうではないことが見てとれた。なぜ? 小首をかしげて観察する。ハーデスは先ほどまで、欲を解放することに肯定的になっていたはずだ。  じゅぽ、と触手をひきぬいて、背後の彼を振り返る。ハーデスの様子が、彼の物欲しげな目に映るように身体をずらしてから、がちがちに硬くなった逸物を、ヒュトロダエウスの指がやわらかく逆手につつみこんだ。それだけでビグッと跳ねるほど敏感だ。そんないつ射精してもおかしくない状態がずっと続いている。 「どうして我慢したんだい」 「は……う……っ」  雁首を指先でなでまわしながら問いかける。ハーデスの反った喉仏が何度も上下した。だらだらととめどなく伝い落ちる先走りを掬っては、尿道口にふたたび押しこむように先端をくるくると円を描くようになでる。浮き彫りになった腹筋が引きつったように痙攣した。  溢れんばかりの情欲が視える——出したい、犯したい、一滴残らずそそぎこんでやりたい、これ以上は嫌だと言わせてやりたい。  そして欲望に対するおそれも——だめだ、あいつを壊してしまう。  我慢している姿をみると、その枷を壊してみたくなるのが、ヒュトロダエウスという男だった。なんなら彼だって望んでいるのだ。友の願いを叶えてあげたいと思うのは、いたって自然なことではないか。  彼はヒュトロダエウスの手つきから、いっときも目が離せないようだった。同じように弄られたいのか、脈打つ雄に突き上げられたいのか、彼のことだからその両方だろう。けれど今は前者に偏っているに違いない。いまだかつて見たことのない、ハーデスの凶暴なる一面に、エーテルが前のめりになって惹かれている。彼の貪欲な本質。好奇心という名の欲望。  視ることが愉しみであるヒュトロダエウスにとって、彼の冒険は最大の娯楽だった。 「フフ、……ハーデス、彼が見ているよ」  ハーデスの汗にぬれた首筋を舐めあげる。ひくっと喉仏が動くのが舌につたわった。  ヒュトロダエウスは彼に見せつけるように、自らの逸物をなぞりあげて誇示した。並びたつ二本の象徴に、彼は貪婪な瞳をむけた。興奮にいくばくか潤んだまなざしに気を良くして、ヒュトロダエウスの行為は激しさを増していく。‪  そそりたつ欲望をハーデスのものへ押しつけて、まとめて扱いてみせる。はぁ、と熱情のため息が漏れた。先端で裏筋を擦り立ててやると、親友の足指がまるまって「ンっ、あっ」と絶頂に差し迫る。 「ほら、頑張らないと出てしまうよ」  口の端からこぼれた唾液を舐めとってから、頭を下げていく——ぴんと立ち上がった胸の突起を舌先で弾き、かるくしゃぶって、甘く歯を立てる。頭上でうなり声があがる。ハーデスの限界が近い。そのまま腰を落として、膨れ上がった陰嚢を揉みしだきながら、大きく口を開けてゆっくりと逸物をのみこもうとする。  ——欲しい、ほしい、ほしい!  彼の思念が爆発した。エーテルがぶわっと放出され、室内を埋め尽くしていた触手の海が、一瞬にして涸れ果てる。  枷の外れてしまったハーデスが、おもむろにヒュトロダエウスの顎をむんずとつかんだ。 「んんっ……⁉︎」まさか口付けられるとは思っておらず、もぐりこんできた舌の意図を理解する前に、食道へ直接なにかが送りこまれる。正体はすぐにわかった。 「……嘘だろう」  自身が飲ませたイデアと同じようなものだ。ハーデスはにやりと口角をつりあげて、ひたりと足を前に踏み出す。  座り込んだ彼を、不気味なほどに静かな獣が見下ろした。  ハーデス、と彼が恍惚の表情でよびかける前に、あらたなエーテルの奔流が室内を闇につつみこむ。  ——それはまずい! とヒュトロダエウスがハーデスの肩に手をかけたが、邪魔をするな、とでも言うように乱暴にはらわれた。次に手をのばしたときには、堅牢な魔法障壁にはばまれて、触れることすらかなわなかった。 「待っ、な、ハーデス……?」  冥界の力が流れ込んでいる。すなわちハーデスの姿は異形化し、彼は大きな爪の間で、上半身を床にはりつけにされていた。助けをもとめるような彼の目がヒュトロダエウスを見る。だが、それも冥きヴェールにおおわれた。 「あ、あああ、あああアーッ!」  絶叫がひびく。  ハーデスの闇の魔力に囚われた彼の姿は、物質的な視覚では見ることができない。けれどすべてを見通せるヒュトロダエウスには、彼のエーテルが侵食されていることがわかる。  ハーデスは、彼を内側からも外側からも犯し尽くしてしまおうとしているのだ。  ヒュトロダエウスの力では、それ以上干渉することはできない。  あの彼と、ハーデスのことだ。間違っても肉体が危険にさらされることはないだろうが、果たして出てきたときに、彼の精神が保っているかどうか。けれどヒュトロダエウスの精神もまた侵されていた。親友の仕返しによって、獣欲がぐつぐつと煮えたくっている。衝動のままに障壁に爪を立て、蹂躙される彼のエーテルを捉え、あさましく逸物を壁に押しつけた。  キミの苦しみがわかったよ。ヒュトロダエウスは自嘲の笑みを浮かべ、目を閉じてエーテルの流れと、彼の悲鳴に耳をかたむけた。 「待っ、な、ハーデス……?」  ハーデスの異形化は完全ではなく、これでもかというほど眉間に寄った皺も、鋭いまなざしも、はあはあと荒い息遣いもそのままだった。彼はそんな恋人の雄じみた表情をみるのが好きだったが、今度ばかりは恐怖が勝っていた。ハーデスの下肢には、およそヒトのものではない大きさの逸物がぶらさがっていたからだ。  上半身は大きな片手で、床に磔にされている。ぬけだすこともできなくはなさそうだが、かれの黄金の目に射抜かれているうちは、身がすくんで指先ひとつ動かすこともできそうにない。彼はヒュトロダエウスに助けをもとめようとした。魔法障壁ごしに目が合う。だがハーデスが覆いかぶさって、彼の姿は隠された。  彼の首筋をハーデスの唇が這う。ひりついた痛みがして、絞首痕に沿っているのだと気づいた。 「ハーデス……」怯えきった彼は、震える声で名を呼んだ。首筋に唾液がしたたり、呼吸が浅くなる。熱い舌がねっとりと痕をなぞる。 「ハー……デス……」もう一度、彼が懇願する。するどい何かが押し当てられていた。《《牙》》だ。 「あ、あああ、あああアーッ!」  彼の全身が跳ね上がった。エーテルが逆流してくる。目の前がちかちかと明滅した。これは交感などではない、一方的な暴行に近かった。むりやりエーテルの構成を変えられ、遺伝子を刻みこまれる。脳神経が掌握される。主従関係が結ばれる。  イけ。  そんな命令が下された。 「あーっ、あっ……ああっ……!」  びゅー、びゅー、びゅっ、と触れられてもいない性器から白濁液が噴出する。 「ッ……っぁ、とまら、な……イッ……アッ……」  びゅッ……ぴゅ……、薄まった精液が断続的に送り出される。一度の射精の量ではない。精巣が空になるまで出せ、という命令がきざまれているのだ。 「もう……出なっ……」彼は必死に呼吸しながら、絶えず襲ってくる快感にあえいだ。性器はほとんどなにも出ないままヒクついて、ときおり、とろりと透明な液体がたれた。  彼を見下ろすハーデスの目は、欲をはらみつつも怜悧な光を宿していた。こんなものか、とでも言うように一瞥して、仕上げとばかりに爪が当たらないよう性器をつまみ、根元からしぼりあげる。彼は声にならない悲鳴をあげた。  子種をねこそぎ空にしてしまうと、ハーデスが身じろいだ。後孔に巨大な熱量をあてがわれると、彼はいよいよ半狂乱になった。 「やめ、あ、無理だ、無理、入らなッ——!」  おさえつける手を押しのけ、這いつくばるようにしてハーデスの下から抜け出そうとする。どうあがいても逃げられるはずはないとわかっていても、本能の警鐘にあらがうことができない。  ハーデスは特にあわてる様子もなく、無駄なあがきを見過ごしてやった。  彼は暗闇をくぐった先に、ヒュトロダエウスを見つけて駆け寄ろうとしたが、魔法障壁に打ち当たった。拳を叩きつけても、亀裂ひとつはいらない。 「助け……っ」  闇の奥から異形の手がのびた。ヒュトロダエウスの目の前で、彼の腰がつかまれ、引きずり戻されていく。その絶望の表情に熱がうずく。彼の姿は右手をのこしてふたたび見えなくなった。 「も、元にもどってくれ、ハーデス、おねがいだ」  懇願の声が聞こえる。聞き届けられるはずもなかろうに。  キミが望んだことじゃないか。ヒュトロダエウスはうっすら笑った。いまさら待ったなんて聞けるものか。彼が終わったら、次はワタシの番だよ。 「無理だ、こわれ……あ、あ、ッ——!」  取り残された指先が、ビクッ、ビクッ、と痙攣する。ちょろちょろと水が垂れるような音がして、薄黄色の液体がすきまから流れてくる。 「っひ……ィ……ッ……、それ以上、いれな……あ、あァッ……」  彼の手は床に爪を立ててがりがりと引っ掻いた。剥がれて傷ついてしまう前に、ハーデスは彼の腕も引きずりこんだ。  その気になれば、抵抗するなと体に命じられるはずだというのにやらないのは、あえてねじ伏せることに興奮しているからだろう。  いい趣味をしているよ。ヒュトロダエウスは、彼の身をじわじわとハーデスの杭がつらぬいていくのを視つめながら、自身の熱をなぐさめた。けれど出すつもりはなかった。親友とおなじように、この溜め込まれていく子種は、すべて彼の中にそそいでやるつもりだ。 「……ぅ……ぁぐッ……」  彼はうつぶせになって、ハーデスの亀頭部を半分ほどのみこんでいた。太い触手でじゅうぶんに慣らされていなかったら、裂けていたところだ。ひきつるような感覚がしたが、痛覚は制御されていて痛みはなかった。しかし恐怖まで消えるわけではない。  あれをすべて受け入れてしまったらどうなるのか。思いきり突かれでもしたら。快楽を覚えてしまったら。  ふるえる彼を、ハーデスの爪がやさしく撫でたが、容赦はしなかった。直腸を押し広げるようにゆっくりと、少し進めては抜いて、また少し奥に挿れる。ハーデスのものを《《はじめて》》受け入れたときを思い出すような動きだった。  張り出たかさの部分に近づくにつれて、太さは増していく。身体が勝手に前へ逃げていこうとするが、肩を押さえつけられていて、足が床をすべるばかりだった。 「こわい、こわいんだ……はーです、許し、ァアっ……」  ハーデスが彼に身を重ねるようにしたはずみで、また少し逸物が奥に埋まる。  ちゅっ、ちゅっ、とリップ音を立てて後ろ首にキスを落とされた。そんななだめるような愛し方をされたのは久しぶりで、緊張でがちがちに固まった身体の力がゆるんだ。もっとも太い雁首にさしかかる。  ドクン、ドクン、と心臓のように逸物が脈動している。ハーデスも耐えているのだ、イデアに欲望をかきたてられても、枷をうしなっても、いまだ彼をいたわっている。これは理性ではない。本能的に愛されているのだ。その情の深さをあらためて思い知って、彼の胸ははげしく高鳴った。どんな姿になっても——ハーデスは、ハーデスだ。 「は、っ……はっ……ごめん、はーです……もう、僕のことは気にしないで……好きに……犯してくれてかまわないから……」  彼をなだめていたハーデスの動きがぴたりと止まる。 「ね……ハーデス、もう我慢しなくていいんだ……ンッ……は、ァァァ……」  臀部を浮かし、息を吐きながら、括約筋をゆるめる。もう少しでいちばん太い亀頭部をすべて受け入れられそうだった。だがこれ以上は、身体が本能的に拒んでいる。ハーデスが力をこめて突いてくれなければ入りそうもない。 「正直なところ、怖いのは、変わらないけれど、……僕は、逃げてしまうかもしれないけれど……でも……やめないでくれ、ハーデス」  背後を振り返って、ハーデスと目を合わせる。 「僕は、君のすべてを、受け止めたいよ」  ただ、キスをしてほしい。なだめてほしい。  言葉にはしなかったそれを、ハーデスは確かに汲み取った。彼は背後から抱きしめられて、やさしく深い口づけを受けた。普段より舌が長くなっていて、喉奥まで犯される。咥内をいっぱいに満たされると、多幸感に包まれた。注ぎこまれる唾液を従順に飲み干していると、脳が麻痺したようにぼうっとする。  口づけが離れた頃には、彼はすっかりハーデスのエーテルに満たされ、とろんとした目で陶酔していた。 「アは……んっ……あひぁ……」  弛緩した身体をゆさぶられると、先ほどまでの抵抗が嘘のように、半異形化した逸物が、ずぶ、ずぶ、と侵入していった。 「ぁ…………っ、は……っ」  ひた、と臀部に陰嚢が密着する。すべて受け入れられたのだ、と身体が認識しぞくぞくとした快楽の電流が背筋を駆ける。下敷きになった性器がヒクヒクはねる。空っぽで何も出せないまま、彼は甘く達していた。  だがこれで終わりではない。  ハーデスはゆるやかに奥を突きはじめた。 「ぁ、……ぉ……ッ……」  突かれるたびに肺が圧迫され、空気とともに声が漏れた。興奮した吐息がうなじにかかる。彼はなすすべもなく揺さぶられながらもなお、もっと欲望をむきだしにしてほしい、と思った。けれど床に押しつけられて、杭をうたれたような状態では、恋人を抱きしめることさえできやしない。  彼はどうにか身を反転できないか、両腕に力をこめたが、それを抵抗だと思ったのだろう、ハーデスの両手が、彼の両手に重なって押さえつけてしまった。吐息が荒くなる。  そんなつもりではないのに。異形の姿になったハーデスの力は圧倒的で、身体がびくともしない。ゆるやかなピストン運動も、きっと壊してしまわないように、必死に加減しているのだ。けれど彼は、こわされてみたかった。 「はっ、あァ……も、無理だ、やめて、くれ……っ」  彼はわざと、拒絶の意を示してみせた。  かろうじてまだ動かせる足で、どうにか膝を立てようと床を蹴るが、上から串刺しにされている状態では無意味な行為だった。しかしその姿はハーデスの欲をあおるのに充分な効果を発揮した。  ずるりと半分程度、逸物が引き抜かれる。 「——ッ……ぉ……ッン……!」  ずん、と力強くうがたれて背がはげしく反る。そんな生理的反応でも許されないのか、ハーデスは動くなとでも言うように、ふたたび首筋に噛みついて彼にエーテルを注入してやった。 「っ……ぁ、ぁ、ぁー…………ぁ……」  保有可能エーテルの許容量を超えている。強烈な酩酊感に、彼はよだれを垂らしながらびくついた。  いやだ、きもちいい、もっと、やめてくれ。  朦朧としながら相反するうわ言を零す。そんな彼をハーデスは愛おしそうに撫でると、上体を起こして腰をしっかりと掴みなおした。  ぬちっ、ぬちっ、……抽挿音が静寂を満たす。人の身にふさわしくない逸物に前立腺をごりごり擦られ、彼は声なき矯声をあげた。常軌を逸した快楽から逃れようと、這いすすむ彼の腰をひきよせ、パンッと肉が打ちつけられる音がひびく。それが幾度か繰り返された頃には、内部がほぐれて抽挿もスムーズになっていた。  じゅっぽ、じゅっぽ、と、押しこむたびに泡のつぶれる音が、引き抜くときには空気の抜ける音が、リズミカルに鳴りひびく。物質的な視界では、彼らの姿は闇に覆われて見えない。  しかしヒュトロダエウスの眼には、ふたつのエーテルが溶けあっているのが視えた。ピストン運動にあわせてエーテルが攪拌され、快感にざわめいている。気持ちよくてたまらないというイメージが流れ込んでくる。 「口だけでもいいから、貸してくれないかなあ……」  ハーデスの腰使いがだんだんと激しくなるのを見ながら、ヒュトロダエウスは自身をしごく手を早めてはゆるめ、絶頂の甘い誘惑をやりすごした。この短い間で何度《《もういいかな》》と思ったかわからない。親友の理性、というよりは頑固さには恐れ入る。とはいえその理性もすでに崩れ去ったようだ。いまや、果たしてやっているのは本当にセックスなのだろうか? と疑問が生じるような、えぐい音が響き渡っている。ときおり「アっ」「ぉ、ん」「イっ」などといった引きつった声や、濁音を帯びた声も混じった。  彼はたまに——おもにヒュトロダエウスに抱かれているとき——《《イった》》きりおりてこられなくなることがある。今の状態はそれに似ていたが、より容赦がない。最後には失神して終わるところを、無理やり突き起こされて、終わりがないのだ。  これは壊れてしまうだろうなあ。止めることなんて、できないけれど。ヒュトロダエウスは精を吐き出しそうになった自身を抑えた。 「ア……っ……」  ハーデスが上擦ったようなうめき声をもらした。解放がちかい。長いストロークが、小刻みに激しくなる。根元までずっぽり嵌めこんで、円を描くように奥をこじあける。満たしてやりたい。染めてやりたい。植え付けてやりたい。欲望の声にしたがって、彼の身体をがくがく揺さぶる。陰嚢がせりあがり、種付けの準備が整う。  エクスタシーの予感に、ぶるっと震えた。 「は、ッ……ァッ……ぁああ……」  びゅ、ビューっ、どくん、ビュルっ……。  濃く重たい子種を奥に叩きつける。ためこまれ続けた射精はすぐには終わらない。中に擦りつけるように腰を揺すりながら、だらだらと長く続く吐精をあじわう。仮に子宮に値する器官があれば、彼は確実に孕んでいただろう。  吐き出されつづける精液は、限界まで奥に出しているというのに、逆流するほどの量だった。結合部からねっとりした白濁液が、漏れ出てしまっているのを見て、ハーデスは彼の尻を高くもちあげ、ぐっと逸物を押しこんだ。 「ぁ……、ぅ……」  彼の体はだらりと弛緩していて、反応といえば、ハーデスの逸物が直腸でひくつくたびに、ぴくぴくと痙攣するくらいのものだった。かろうじてまだ意識はあったが、目はうつろで指一本動かす気力も残っていない。けれど性器だけは今も腹につかんばかりにピンと跳ね上がっていて、透明な粘液をとろとろと垂らしていた。  ハーデスは、ひとしきり出し終えると、自身の逸物の根元をつかみ、絞り出すようにしながら引き抜いていった。雁首の栓が抜けた瞬間、ぽっかり空いた後孔から、ごぽっと子種があふれだす。  はぁ……と余韻にため息を吐き、蹂躙しつくした彼の姿をしばし見下ろして、その身体を仰向けにひっくり返す。 「……起きろ」  ビグンッ! と彼の身体が跳ねた。 「ぁ……っは、ぇ……?」  強制的に意識を覚醒させられた彼は、困惑したようにハーデスを見上げた。そして、最初となんら変わりのない、血管の浮き出た凶悪な逸物を認識した。 「私のすべてを受け入れたい……だったな?」  彼は生唾をのみこんだ。  本能的に怯えてしまうのは、隠しようがない。受け入れたいという気持ちに偽りはないが、恐怖が消えたわけではなかった。  出し足りないと言わんばかりの逸物が、ふたたび尻のあわいに押し付けられる。震える手足が勝手に後ずさろうとする。 「ぁ……も……もしも、僕が本当にやめてくれと言ったら……そうするのかい?」  彼は、ハーデスの知性的な瞳に、獣欲の火がちらりと揺れるのを幻視した。 「……努力はしよう」ハーデスはたっぷり間を置いて答えた。だが言葉とは裏腹に、種があふれる後孔に亀頭がぬちぬちと擦りつけられていた。ぞくぞくとした興奮が走る。恐怖とおなじくらいの期待が理性を溶かす。  ハーデスは、絶対にやめないつもりだ。適当に答えてさっさと出したいとさえ思っている。  彼は欲望のままに口を開いた。 「……もう、やめ——ッ」  ずぶっ! と、一息に逸物が挿入される。身体をつらぬかれる衝撃に、はくはくと息をした彼の首をハーデスの手がきつく絞めあげる。触手につけられた痕を上書きするように。拒絶の言葉は決して言わせまいとするように。  肌と肌がぶつかりあう。ぱんぱんぱんぱん、と激しい律動。自分の快楽を追うためだけの、交尾じみたセックスだった。たっぷりと注がれた分、中はとろとろで、すっかり拡がりきった内部も相まり、心地よい摩擦を味わうことができた。首を絞める手を外そうともがく動きさえ刺激になる。ハーデスは彼を文字どおり犯しながら、自然と口角をつりあげていた。 「……はっ、……はっ……善い、か?」  肯定以外は許さないと、その目が言っていた。見たこともない傲慢なまなざしに見下ろされて、必死にうなずく。  彼が従順さを示した褒美に、ハーデスは手の力を少しだけ緩めてやった。ひゅうっと一呼吸したのを確認して、ふたたび気道を絞めつける。きゅうきゅうと収縮する括約筋を堪能してからまた緩めてやる。一呼吸だけ許して絞める、緩める、絞める、緩める、絞める——緩めて、呼吸のタイミングで奥をはげしく突いてやる。  わずかな間になんとか空気を取り込もうとあえぐ彼を、そうして何度も愉しんでいるうちに、二度目の頂がせまりくる。 「はっ、はっ、はっ、ンッ……はぁ……」  誤って椎骨を折ってしまわないようにだけ意識をかたむけながら、今まで以上にきつく喉をつぶす。  ——ああ、出そうだ。脳が快感の追求に支配される。空いている片手で彼の下半身を持ち上げ、片膝を立てて本気で腰を打ちつけた。ばちゅばちゅと激しい交接の音が耳を犯す。抵抗する力が抜けてくる。ハーデスの腕にすがりついていた彼の手が、だらりと地に落ちる。 「——っ…………ぁあ……」  普段であれば出すときはそう告げているところを、ハーデスは無言のまま彼に種をそそぎこんでやった。  絞めつけていた首を解放すると、元の痕よりも、よほどグロテスクな赤黒い絞首痕がきざまれていた。  気道が通っても、彼はひくっと痙攣するだけで、呼吸を再開しない。 「はー…………起きろ」  一向におさまる気配のない逸物をゆるく突き入れながら、ハーデスはふたたび魔力信号を送った。命令を受け入れた彼が、ひときわ激しい痙攣とともに目を見開き、ひゅーひゅーと喘鳴する。 「……ひっ……は……はー、です……」  涙の流れた跡を拭おうとすると、彼は怯えたように身をすくませた。 「どうした、なにを怖がっている」ハーデスは微笑んだ。  また首を絞められるとでも思ったのだろう。正常な精神状態なら、その姿は痛ましく、罪悪感に苛まれたのかもしれない。しかし今のハーデスにとっては、何の抑制にもならなかった。弱った彼の姿など、滅多に見られるものではない。愛おしさがこみあげる。逸物を中に挿れたまま、涙に濡れた頬を舐めあげると、彼はがくがくと震えて力のはいらない身体をひきずって、逃れようとした。そんな状態では、括約筋に引っ掛かった雁首を引き抜くこともできないというのに。  彼が床に手をついて這っていく。根元まで埋め込まれた逸物が、ずるずると抜けていくが、やはり太いかさに差しかかると、それ以上前に進むことができなくなった。そのことにも気づけていないのか、彼は手足を空振りつづけている。ハーデスは自ら距離を詰めた。 「……あぐッ」逸物が元の位置までおさまり、彼はぺたんと床に崩れた。それでもなお、逃れようと腕を前にだす。ハーデスはその愛らしい抵抗を好きにさせてやった。離れた分だけまた突き刺せば、彼は少しずつ前進することができる。 「……おや」  ヒュトロダエウスが顔を上げた。熱に浮かされた目で這いつくばる彼を見やる。彼らが交わっているすぐそばでお預けを食うのは、想像以上につらいものがあって、視界を閉ざしていたのだ。 「そろそろワタシに貸してくれないかい」 「……だそうだが、どうする」  ハーデスは彼を揺さぶった。 「あっあっ」と喘ぎながら障壁に手をついた彼の目の前には、見慣れたヒュトロダエウスのものがそそりたつ。かれはもともと一度や二度ですむような男ではない。ましてや数日分はためこんでいて、その上あのイデアまで飲まされているのだ。もう充分限界をこえているというのに、さらにヒュトロダエウスまで受け入れるなど、無理に決まっている。彼はふるふると首を横に振った。 「ひとりで処理しろって言うのかい? ひどいなあ。キミから頼んでくれないかな、ハーデス」 「……貸しひとつだ」 「背に腹は変えられないね」  にやりと笑ったハーデスに、ヒュトロダエウスは、してやられたなあと微笑みを返した。 「ぁ、……ぁっ……ッ!」  彼は障壁ごしにヒュトロダエウスと目を合わせながら、ねっとりと突かれた。逃げ場のない状態で奥に何度もキスされる。 「舐めてくれるかい」がちがちに勃起したヒュトロダエウスの逸物が、眼前に差し出される。魔法障壁はいまだ健在で、そんなことはできるはずもない。だがハーデスは息を荒げながら彼に「舐めてやれ」と命令を下した。 「ぁっ、んっ……ぁっ」  ヒュトロダエウスのものを、透明な壁越しに舐める。無味無臭のはずだというのに、咥内に味わいなれた幻がよみがえるようだった。ヒュトロダエウス自身も、舐められている錯覚を起こしているのか、はあ、と熱いため息をつきながら、彼の舌に先走りをぬりつけるように動かす。 「そんなにうまいか?」  ハーデスは彼の髪をすいてやった。夢中になってぴちゃぴちゃと舐める様子は、答えずともどう感じているかは明らかだが、返答が遅いことを責めるように奥を突いてやると、鳴きながらうなずいた。 「お前のことだ、まだまだ足りないだろう? いつも通り、ヒュトロダエウスにもしてもらうといい」 「や、ッ……ぁっ、ぁっ、ッ!」  性器の裏側付近——前立腺をぐりぐりえぐられて、彼の否定は意味をなさなくなる。ハーデスはそのまま彼を抱き起こして膝にまたがらせた。  ずっぽりと奥まで串刺しににされた彼が、つぶれたような声をあげるのにも構わず、ヒュトロダエウスに見せつけるようにゆったりと突き上げる。 「すごい拡がっているなあ、ワタシ程度の大きさじゃあ、もうゆるくて気持ちよくないかもしれないね」  口調こそおだやかだが、その下では凶悪なモノが獲物をもとめて脈打っていた。熱い視線が彼のからだの隅々まで這う。彼はぼやけた視界でそれを感じとり、被捕食者の気分になって、後孔をきゅっと締めつけた。だが背後から彼を抱えこむ男も、今まさに獲物をとらえている捕食者だ。おびえる彼のうなじに唇が当たる。残した痕を慈しむように吸い、舐める。牙の先端がちくちく当たり、彼は気が気ではなかった。 「ね……いつワタシも混ぜてくれるんだい」 「も、う……は、っ……、ひ……」  快楽と恐怖のはざまで、前後不覚になりながら、もう無理だと、彼は必死に懇願した。抱きしめているようで、拘束しているに過ぎない腕にすがりつき、うなじに吸いついたハーデスに頬を擦りつける。媚びるような甘え方に、くっくと喉を鳴らされる。 「やめないでくれとまで言ったのは、どこの誰だったか」 「そ、ぇは、……はぁですに、っ……」 「彼になら、ずっと犯されていてもいいのかい?」 「ひっ……はっ……ぁ」 「おや。肯かないね」  おかしいなあ。キミが言ったことじゃないか——ヒュトロダエウスの言葉が遠くで反響する。逃げ場は、ない。それは彼自身が心底望んだことだった。ただこわいだけなのだ。自分が自分でなくなってしまいそうな、狂おしいほどの快楽が。自分では制御できないそれを、壊してほしいのだ。  やめてくれ(もっと欲しい)、ゆるしてくれ(罰してほしい)……言葉の裏にある願望を、ヒュトロダエウスには間違いなく見透かされている。けれどハーデスは。 「ほう。やめてほしいのか、……まあ、たしかに努力するとは言ったな」  ハーデスが彼の腰を抱えて、ずるずると持ち上げはじめる。あ、あ、と彼は身をよじった。ひとつになっていたものが抜けていく感覚に、すさまじい喪失感が襲う。 「ぃ……ゃだ、っ……は、です、ハーデスぅ……っぉごっ!」  唐突に手が離され、ずぶぶ、っと一気に根元まで穿たれる。彼は天をあおいで激しく痙攣した。なにも出ない性器が狂ったように跳ねる。 「気が変わった」ハーデスは軽い調子で言い放ち、立ち上がった。爪先が床から浮いて、彼はひいひい喘ぎながら障壁にすがりついた。 「容赦ないなあ」  そんな風に言ったヒュトロダエウスとて、その笑みが慈愛に満ちたものとは言いがたい。  壁に押しつけられるようにして揺すられる彼にむけて、唇をなぞってみせる。そして、目の前の壁を指先でとんとんと叩く。キスしてごらん、という合図だった。彼は逆らえなかった。唇を押しつけると、ちゅ、と温度も感触もない音だけがなって離れる。もどかしさがこみあげる。律動にあわせてひたひたと壁に当たる性器の先端が、ヒュトロダエウスのものに何度もキスして乞うていた。 「ほしいのか」首筋の痕にそってハーデスの舌と牙が魔力経絡をさぐっている。興奮しきった吐息が肌を湿らせる。彼はもうわけがわからなくなったまま、声をしぼりだした。  ——こわしてほしい。 「あーっ……ぁ……あ……ぁっ……」  濡れた牙が突きささる。痛みはほとんどなかった。経絡から直接エーテルを吸われ、かわりにハーデスの魔力が流しこまれる。脳髄が麻薬に侵される。陶酔が神経に浸透する。五感がしびれていく。彼は発情したような声をあげて、障壁に頬をべったりはりつけた。  ハーデス自身も彼のエーテルを味わうことで、劣情をかきたてられていた。牙を埋めこんだままじゅるじゅると肌を吸い、獣が盛るように腰を打ちつける。自身のかたちになじんだ直腸内は、まるでそのために生まれた器官のようだった。ふっ、ふっ、と忙しない呼吸のなかに、堪えきれないうめき声がまじる。黄金色の瞳がどろりと濁る。  ハーデスは、のぼりつめそうになるたびに、陶酔の時間を伸ばそうと動きを止めた。彼を抱きしめて、密着した尻肉の感触を堪能する。そうして波が過ぎ去ると、また奥を穿ちはじめる。  このまま延々と揺さぶっていたい。誰にも破れない、視ることさえできない空間を創りだし、閉じ込めて、どこにも旅立てないように、犯し尽くしてやりたい。 「ハーデス、独り占めするつもりかい」  欲望の叫びにのまれかけたとき、ヒュトロダエウスの声が歯止めをかけた(あるいは、彼らの欲望と相殺したに過ぎなかったのかもしれない)。  ともかくハーデスは、欲望にどうにか打ち勝ち、指を鳴らした。  ぱき、と障壁に亀裂がはいり、彼のもたれかかる場所から砕け散る。  人形のようにだらりと頭を垂れ、ハーデスに揺さぶられる彼を、ヒュトロダエウスはかわりに抱き支えてやった。 「ああ、ようやくキミに触れられた」  耽溺しきった瞳をのぞきこみ、涙や唾液でぐちゃぐちゃになった顔をぬぐってやる。 「ぁ……ヒュ 、トロぉ……」彼は夢見心地のままヒュトロダエウスの慰みを欲した。  半開きになった口の端から垂れた滴をなめとる。その舌を追うように、彼の舌が突き出される。  ヒュトロダエウスは、彼の頭を抱くと、差し出された舌に思いきりむしゃぶりついた。性器にたいする愛撫のように、唇でしごき、吸ってやり、裏を舌先でねぶる。そして噛みつくようないきおいで彼の唇ごとのみこんで、唾液とともにエーテルをそそぎこむ。 「んっ……ンッ、ぅうう——ッ!」  浮いた爪先がじたばたと揺れる。ヒュトロダエウスとハーデスは、あばれる彼をふたりがかりで抑えつけた。  上と下とを激しく犯されながら、ふたり分のエーテルに漬けられる。脳神経がスパークする。ひときわ強く、何度か奥を突かれ、体内にあたたかいものが広がった。  揺さぶりがなくなってしばらくすると、首筋から牙がひきぬかれ、彼は床に横たえられた。血のにじんだ肌を毛繕うように舌が這う。逸物は深くまで挿入されたままだ。一度目と同じくらいの時間をかけながら、ハーデスはいまだ吐精の最中だった。ときおり中をゆるくかきまぜながら、快楽のため息をこぼす。  まだかかりそうだなあ、とヒュトロダエウスは親友を一瞥すると、ぴくぴく痙攣する彼の頬に逸物をひたひたと当てた。 「口、開けて」いい加減、余裕がない。素っ気ない言葉だったが、彼は緩慢な動作でヒュトロダエウスの先端をくわえた。ちゅぱ、と稚拙に食まれた瞬間、痺れるような快感が走る。普段であれば物足りないような刺激も、焦らされつづけた器官には甘美なものだった。 「はーっ……気持ちいい……もっと奥まで、いいよね……?」  ヒュトロダエウスは返答を待たずに、彼の頭を抱えてずぶずぶと飲みこませていった。とん、とん、と喉奥をノックすると、嘔吐反射に締め付けられるのが心地いい。先走りがあふれるのが止まらない。ごぼ、と溺れるような音がなる。 「ほら、いつもみたいにしっかり飲み込んで」  容赦のない手が、ぐっと彼の頭を引き寄せる。いつもの彼なら根元まで咥えこむことだってできるのだ。咽喉をぐりぐり擦ると、彼は必死に嚥下を繰り返した。 「ああ……いいね……上手だよ」先端が収縮に食まれる刺激だけで、ともすれば出してしまいそうになる。彼が呼吸できずに痙攣ばかりになると、射精感をやり過ごすついでに、ヒュトロダエウスは腰を引いてやった。  真綿で首を絞めるような抜き差しを繰り返していると、ハーデスがふたたび小刻みに腰を動かしはじめる。 「ええ……まだするのかい? ワタシも中に挿れたいんだけれどなあ」  ハーデスはしばらく突いてからやっと、ヒュトロダエウスの言葉に「……ああ」と反応した。快楽に酔った回路は意味を噛み砕くのに時間を要するようだ。逡巡する間もゆるやかな抽挿は止まらない。  このままでは、思考を放り出してまたむさぼりだしかねない。ヒュトロダエウスは、しかたないなあ、とハーデスに向き直るとキスしてやった。舌をさしこむとかれは従順に絡めてきたが、胸の粒をつまむと、はっとしたように目を見開いた。 「っ……ヒュトロダエウス……」 「目が覚めたかい。そろそろ代わっておくれよ」  ハーデスは興が削がれたような表情をして、名残惜しげに彼から身を引いた。ひきぬかれた逸物は跳ね上がり、びたっと腹につくほどの興奮を維持したままだった。  彼の身体が空くと、ヒュトロダエウスはすぐに腰を抱きあげて、ごぽごぽと子種のあふれる中に突き入れた。 「ぁー……すごい……どろっどろだ……」  らしくもなく性急に腰を振りたくってしまう。三人分のエーテルに満たされた肉体は、グロテスクなほどの淫靡さで、ヒュトロダエウスを酔わせた。  引き抜くたびに雁首に種がまとわりついてかきだされ、白濁液の水たまりをつくる。締まりはゆるいが、今にも暴発してしまいそうな状態にはちょうどいい。  ただ、弛緩した身体に激しくピストンするのは少々やりにくい。ヒュトロダエウスは、腕の筋を魔力強化し、彼のからだのほうを粗雑に揺さぶった。 「ぁっ、ぁっ、ぁっ……ぅっ……」  ハーデスは道具のようにあつかわれている、彼の頭をやさしく撫でてやったが、もう片方の手は、自らの濡れた逸物を激しくしごいていた。 「まだやめてほしいか? ん?」 「はー……ぁー……んっ……」 「気持ちいいかい、って聞いているんだよ」 「ぁ……っ、ぃい……きもちぃ……っ」  彼はうわごとのように気持ちいい、気持ちいい、と繰り返した。  ためこまれた子種が急速にせりあがってきて、ヒュトロダエウスが息を詰める。彼の前に手を伸ばし、なにもでない性器の先端をこねあげた。彼の爪先がぴんと張り、後孔がきゅううっと締まって、快感を追い上げる。 「っ……はっ……あッ……」  ヒュトロダエウスは、たっぷりと溜めこまれた欲の解放に震えた。どろっとした濃厚な子種が尿道を何度もとおりぬける。頭が真っ白になり、絶頂の間は、痙攣するばかりで動くこともできなかった。  これは、ハーデスが抜きたがらないのも仕方ない。脈うったままの逸物をとろとろの内壁にこすりつけると、いくらでも出せそうな気がした。  ゆっくりと腰を動かしていると、ハーデスも限界がきたらしい。小さくうめいて身体をまげると、握りしめたそこから種がまかれた。 「ぁ……っ」顔面に打ち付けられるあたたかな体液を、彼は恍惚とした表情で受け入れた。口を開けてそこにそそがれることさえ望み、残りは当然のように咥内へ流し込まれた。むせかえるような臭気につつまれる。 「は……もう少し、締めてくれるかな」  ヒュトロダエウスは彼の臀部を平手で打った。「ひっ」と声があがったが、要求どおりに彼は括約筋をひきしめた。しばらくしてゆるくなれば再度打つ。ハーデスだって、彼の喉につっこんで、好き勝手に腰をふることに何のためらいもない。  茹だるような空気の中で、彼らはもはや言葉もなく、一心不乱に快楽をむさぼりつづけた。 「……大丈夫なのか」 「ううん、これは……自然にエーテル代謝を待つと、時間がかかるかもしれないね」  彼はぼんやりとした頭で、かわされる会話を聞いていた。ここはどこだろう。ふわふわする。手を動かすと、さらさらとした感触がした。 「どうした」さまよっていた手を握られる。ハーデスの声だということは、惚けた頭でも理解できた。心配そうな表情で覗き込まれている。なぜだろう。口から出るのは、ああ、とか、うう、とか、意味をなさない声ばかりだった。 「エーテルが混ざりすぎて、自我が曖昧になっているんだ」  それがヒュトロダエウスの見立てだった。  最初に正気に返ったのはハーデスで、そのあまりの惨状には頭を抱えざるを得なかった。濃厚な精のにおいに満ちた室内は、いたるところが体液でぐちゃぐちゃに汚れていた。ところどころ記憶が飛んでいるものの、少なくとも外に出た形跡だけはないのが幸いだった。  とはいえ汚染は魔法ですぐに片付けることができる。問題は、そのときでさえまだ、ヒュトロダエウスと彼がまぐわっていたことだ。とうに意識を失っている彼の上で腰を振り続ける親友を、気絶させてどうにか止めはしたものの——。  ベッドに寝かせた彼を覗きこむ。目の焦点こそ合っていないが、意識は取り戻していた。声に反応もする。しかし明瞭な答は返ってこない。そして。 「ぁっ……は……っ」  彼は唐突に目を見開いて痙攣した。じわじわとローブに染みがひろがる。 「精神はともかく、体機能は完全に……だめだね」  ヒュトロダエウスはのんびりとした調子で、断続的な絶頂をくりかえす彼の下肢を、魔法で綺麗にしてやった。もっとも多少の欠損や病気などは、同じように魔法で治癒することができる。  エーテル視が可能なふたりは、特に《《よどみ》》を見つけることに長けている。問題は当のふたりのエーテルが、彼の身にほとんど残留したままであり、代謝されるまでそれを確認できないということだ。エーテルは完全に混ざり合っていて、分離も困難である。 「いっそ空になるまで消費させたほうが、治りも早いんじゃないかな」 「……はあ……創造魔法か」 「顕現した先から消していこう。それはキミにお願いするよ。ワタシは彼の魔力を操作する」  なにが出てくるかわからないからね。ヒュトロダエウスは冗談にもならないことを言って、ハーデスのため息を深めた。  その日、アーモロート居住区は得体の知れない創造生物にあふれて、一時騒然となったという。  色々トラブルは発生したものの、普段の生活を取り戻した彼らは、いつも通り三人でベッドに横たわった。 「ん……ヒュトロ……」  寝る前にキスを交わすのも日課だ。たがいの髪に指を絡めながら、上唇と下唇を交互に食みあう。  ヒュトロダエウスと挨拶を済ませた彼は、今度は反対側を振り返り「ハーデス、」とあまく囁いた。同じように愛を確かめ合い、最後にこつん、と額を合わせて、目を瞑る。背後からふたりを包み込むようにヒュトロダエウスの腕が伸びるのも、いつものことだ。 「ぁ……」彼はもぞもぞと身をよじった。ハーデスの手が彼の臀部をもみしだいていた。 「おや……キミから誘うなんて、珍しいね」 「……昨日もしてないだろう」 「そういえば、そうだったかな?」  以前は朝まで連日盛っていたようなやつがよく言う、とハーデスは友を据わった目で睨んだ。  あの狂乱の夜から、彼らは身を重ねていなかった。 「待っ、ハーデス……っ」 「お前……変なものでも食ったか?」  常ならばハーデスが面倒くさがろうがその気がなかろうが、上に乗ってでも情愛を求めていたのが彼だった。創造魔法を禁じられる前でさえ、関係を結んでからは、同じベッドに寝て、そうしなかったことなど指で数えられるほどしかないのだ。 「僕も……したいよ……でも、なんだか、身体が……」  彼の身体は震えていた。まぎれもない恐怖の反応だった。 「ああ……キミがヤりすぎたせいだね」 「……お前もだろう、ヒュトロダエウス」  しかしハーデスの手は止まらず、むしろより一層の興奮をもよおしたようだった。逃げを打つ彼の身体を抱きおさめ、熱く昂った雄を押しつける。 「……なるほど。キミは嫌がられるほうが燃えるタイプだったわけだ」  ハーデスは、だまれ、と言ったが否定はしなかった。  もしかすると、あの一件で、彼がハーデスを目覚めさせてしまったのかもしれないなあ。ヒュトロダエウスはフフ、と笑った。今夜はとびきり彼を甘やかそう。また愉しい彼らの姿が見られそうだ。