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第十三星暦の英雄

 英雄が死んだ。  それは第八霊災にいたる、最後の引き金だった。  光の戦士という存在が現れなくなったのは、あの時代からだったかな。  幾度目かの世界の統合によって、ハイデリンの声はもはやヒトには届かなくなった。かつて霊災のたびに現れ、抗い続けたヒトの意思は、潰えてしまった。  現在いまは《《第十三星暦》》。  分かたれし人類が栄える最期の時代だ。  ワタシたちが消えてしまう前に、失われた歴史の一部を振り返ってみよう。  第八霊災の規模は、それまでに起きたことのある災の中でも特別大きなもので、人類は絶滅の危機に瀕した。終わりのない戦争が、ヒトだけではなく獣も自然も喰らいつくしていた。星の環境は乱れ、ふたたび文明を築くには、ヒトという生き物はあまりに減りすぎていた。  かろうじて生き残った人々は神に祈ることしかできなかった。  そして、呼び声に応えるように、滅びかけた世界に《《天使》》が降りてきた。  そう……《《天使い》》……アシエンさ。  第八霊災以前の世界では、アシエンという存在は、災厄の種を蒔くもの、闇をもたらすもの、すなわち悪の象徴だった。けれど、第八霊災を生き延びた人々に救いをもたらしてから、あるいは光の戦士と呼ばれるものが現れなくなってからは、アシエンは世界を管理する神の遣いとして、祭り上げられた。  もちろん、それからも霊災と星暦の繰り返しは続いた。アシエンの目的は世界の統合、および、戒律王ゾディアークの復活で、そのために次元圧壊アーダー は必要不可欠だからね。しかしかつて英雄と謳われた者の名前が忘れ去られ、光の使徒も現れなくなってからは、霊災はより最小限に、管理的に起こすものとなっていた。  第八霊災後の世界においてアシエンは、アラグやガレマールといった戦乱を呼ぶ国々を造るかわりに、人々に新たな信仰を根付かせた。真なる神の復活、分かたれし世界とヒトの統合……アシエンだけが目指していたそれは、調停者 エリディブスのもと、人類共通の目的となった。  霊災は星を傷つけはしたものの、人々の命はアシエン……特にエメトセルクによって守られた。原初世界に限った話ではあるけれど、ね。彼らの目的は、真なる世界の復活で、そのためには原初世界と鏡像世界のエーテルバランスを……っと、原理はいまさら説明するまでもないか。ともかく統合さえされれば良いのだから、条件さえ整えば、ヒトは死んでも死ななくてもいい……けれど必要以上の犠牲を避けるところが、実に彼らしいと思わないかい?  ああ……キミはまだ《《目覚めて》》いないんだったね。  そんなこんなで訪れた第九霊災は、第八霊災とは対照的に、それまでに起きたどの霊災よりも被害が少なかったと言えるだろう。  そうそう、第六星暦では、霊災の属性が一巡したことによって、もう二度と霊災は起こらないという主張があったらしいけれど、キミもご存知の通り、第七霊災は星極性、第八霊災は霊極性の氾濫が起きた。そして、第九霊災も間違いなく起きている。  ああ、第九霊災が第一霊災と同じ風属性の災厄だったのは、ただの偶然さ。原初世界のエーテルバランスを崩さないように、アシエン達は次元圧壊アーダー の順番を調整しているけれど、属性が偏りすぎなければ良いだけで、属性順に決まりはないし、それぞれの世界で氾濫させる属性を決めて起こしているわけでもない。鏡像世界にはそもそも属性や極性の偏りがあるんだ。  例えば第十三世界は霊極性に偏っていたのと、アシエン・イゲオルムの力が強すぎたせいで無に帰してしまった。第一世界はその逆で光の力が強く、ミトロンとアログリフは消滅させられてしまったね。それがトリガーとなって光の氾濫が起きて、あわや第十三世界と同じ結末になるかといったところで、エリディブスの計らいと当時の英雄によって、第一世界はぎりぎりのところで救われた。  ……《《英雄》》が気になるのかい?  じゃあ少し話を脱線しようか。  第八霊災の最中、とある技術者たちが、時間遡行の理論を完成させた。  今はもうこの世界に存在しない……クリスタルタワーと呼ばれる、第三星暦の頃にアラグ帝国によって建造された、太陽の力を集積させるための塔。それを用いた前代未聞の技術さ。その理論の完成には、時間を司る神や、次元の狭間での戦いにおける記録が必要不可欠で、そこにも《《英雄》》の存在は関わってくるのだけれど……フフ、気になるかい? でも長くなるから今日のところは割愛しよう。  第七星暦当時、五千年の時を経て地上に現れたクリスタルタワーを、当世の英雄を含めた、ノアと呼ばれる調査団が起動させた。クリスタルタワーを制御できるのは、アラグの皇族の血を受け継ぐ者だけだ。奇跡的にもその血を受け継いだ者がいて、結果的にクリスタルタワーとともに眠りについたのだけれど……第八霊災からわずか二百年後に扉はふたたびこじ開けられた。  技術者たちが遺した時間遡行の理論を、後世の者たちが受け継いだんだ。英雄が生きている未来をつくろうとしてね。  かくしてクリスタルタワーは原初世界から消え失せた。  ……ん? それならば、なぜワタシたちがここに存在しているのかって?  さあ……もしかすると時間を遡っても第八霊災という未来は防げなかったのかもしれないし、ワタシたちには観測できない世界では、今とは違う歴史が紡がれているのかもしれない。過去を変えても、現在は消えずに、新たな並行世界がつくられるだけなんて理論もあることだしね。  ひとつだけ確かなのは、ここに第八霊災という分岐点を超え、新生する世界が存在するということだ。  さっき話した通り、第十三世界はもはや統合する価値のない《《無》》の世界だ。だから、世界と、ワタシを含めた多くのヒトは、完全なる存在にはなれない。ワタシたちは十四分の十三にしかなれない。  でも、キミは違う。  エリディブスが第十三世界から救い上げてきた、光の戦士の魂。彼がキミに統合されれば、キミは……きっと……目覚める。  彼——ウヌクアルハイ君には、もう話を通してある。そんな顔をしないで。もともとひとつだったものが、元に還るだけなのだから。と言ったところで気にしてしまうのはわかっているけどね……本当に《《あの人》》そっくりだ。  さあ、目覚めの時だ。  キミは行かなくてはならない。最後の希望となって。在りし日にそうしたように。  ……誰よりも早くキミのたましいを見つけられたことは、ワタシが《《ヒュトロダエウス》》であることの証明に……なるのかな?  久しぶりですね。《《光の戦士》》……この呼称を聞かなくなってもう随分と経ちますが……ああ、僕のこと、覚えていないのはわかっていますよ。でも今に思い出すでしょう。僕は貴方のかけら。もともとひとつだったものですから。もしかすると我が主もそれがわかっていて僕を選んだのかもしれません。  ……まだ頭がぼんやりしているようですね。  自己紹介でもしましょうか。  僕は第十三世界の、英雄になれなかった者です。滅びゆく世界で消えるのを待つだけだった僕の魂は、我が主——アシエン・エリディブスによって掬われ、原初世界に渡ってきました。肉体を持たないのでどちらかといえば不滅なる者……アシエンに近い存在でしょうか。  はるか昔……第七星暦の時代に、僕は貴方と出会いました。魔大陸に封印されし三闘神の脅威からエオルゼアを救うために……。  貴方は僕がなりたかった英雄像そのままの人物でした。強くて、希望に満ちていて……とても羨ましかった。  ……第十三世界からきた僕が、世界の統合に協力しているのが不思議ですか?  そうですね。次元圧壊アーダー が起きるということは、ひとつの次元——鏡像世界が滅ぶということ。貴方たち原初世界の住民ならともかく、僕のように別次元からきた者が協力するのは、少し不気味かもしれません。  でも、貴方はそんな人たちのことを知っているはずですよ。僕と同じように第一世界から原初世界へ導かれた、闇の戦士……彼らは、第十三世界と同様に、無に帰しかけた第一世界を救うため、原初世界側から次元圧壊アーダー を起こそうとしました。その後のことは……彼から大まかなことは聞いているみたいですね。  三闘神を討滅した後、僕は暁の血盟の一員となりました。  ああ……英雄が所属していた組織のことです。アシエンに抗う者たちの。驚きましたか? 今の時代に生きる者にとっては信じられないことなんでしょうね。  僕は……光の戦士として生まれました。もう一度、英雄として世界を救いたい気持ちもあったかもしれません。暁の血盟の一員として……貴方の仲間として。けれどもうそれは終わってしまったことだ……第八霊災で貴方が死んでしまったときに。  ハイデリンの力はほとんど尽きていて、新たな光の戦士が生まれることはありませんでした。そうして原初世界は、アシエンが望むまま、最後の統合を終えてしまいました。  貴方はそんな世界に生まれた、最後の英雄です。  光の加護も、超える力も持たない。けれどその魂は特別だ。  世界の統合は果たされた。  ゾディアークはまもなく復活するでしょう。そうなればアシエンの次の目的は、真なる人に限りなく近づいた僕たちの命を捧げ、かつての同胞を取り戻すことにある。  それが、第十四霊災。  次元圧壊アーダーではない終末の災厄。  その先に星暦はありません。原初世界の人々の歴史は、貴方がつないできた未来は永遠に失われ、世界はあるべき形に戻る——それが、彼ら古代人の悲願。  貴方なら……どうしますか?  ……今はまだわからなくても、きっと思い出します。  さあ、僕の……貴方の魂を受け取ってください。  ……僕という個が消えることが、そんなにも受け入れられませんか?  先ほども言ったとおり、僕は不滅なる者。我が主には到底およびませんが、それでも永い年月を生きてきました。希望の第七星暦、絶望の第八霊災、その後の平和で空虚な幾星暦……ずっと貴方を待ち続けていたんです。  どうか……お願いします。  僕を、英雄にしてください。  結局……最後に立ちふさがるのは、お前なのか。  思い出さないか?  かつて人類がはじめて二つに分かれ戦った日のことを。  私たちが本気で殺し合った日のことを。  思い出すわけもない、か。  本当に……厭になる。  忌まわしきハイデリンの一撃は星を割き、世界は分かたれた。不完全なる人類は、それぞれに固有の歴史を歩みはじめ、さもしい争いを繰り返し、星を、同族を傷つけた。それがお前たちの望みだったのか?  新たに生まれくる命に星をまかせようとしたお前の主張は……結果的にこんなことにはなってしまったが、わからなくもない。少なくとも十四に分かたれる前の人類であれば……なりそこないどもよりは遥かにマシだろう。  だがお前たちの願いは——ハイデリンは、世界が分かたれた後も変わらず、もはや到底ヒトとは呼べない生き物に星を委ねようとする。あるいは力の枷としての意識が、ゾディアークの復活と分かたれし世界を天秤にかけたのか?  どちらにせよ、不完全な世界のままでは、星はふたたび災厄に見舞われ……今度こそ完全な死に至るだろう。  ……私が、アシエンが、ゾディアークに操られているとでも?  ……否定はしないさ。  光の使徒がいわれもしらず、我々を忌み嫌ってきたことと同じだ。星の意思たる大いなる存在には、少なからず魂が引き寄せられる。……ラハブレアの爺さんなんかは、その状態で自我も擦り切れるほど、ころころ体を入れ替えて働いたせいで……影響を強く受けていた。  だが、星の理を紡ぐために、戒律王ゾディアークの復活が不可欠なことには違いない。鏡像世界のひとつが無に帰し、完全なる統合が不可能になってしまったのであれば、なおさらだ。  自らの命を捧げた同胞たちを蘇らせるためにも、な……。  なんだ? 立ちくらみか?  超える力も持たないくせに、過去でも視たような素振りじゃないか。  ……やはり、覚えてはいないか。  期待はしていないさ。あいつの魂を持つとはいえ……未だ完全な存在とは言えない。だがお前のことも必ず取り戻してみせよう。私たちの使命は、悲願は、まもなく成就する。  視ろ、月が落ちてくる。  世界は真なる姿に戻る。  真なる神に命を捧げれば、苦痛なき死を迎え、その先には恒久の平和が待っている。  かつて私たちの同胞がそうしたように……簡単だろう?  ……何?  …………まさか、お前、記憶を取り戻して……⁉︎  煩い! なりそこないどもの命と、真なる人の命を同列に語るな……ッ!  誰よりもお前たちに交じって生きてきた私だからこそ知っている! ほとんどすべての世界が統合された今においても……なりそこないの人類は、同胞が命を賭して守ったこの星を委ねるに値しない!  それすら神に侵された思想だと?  新たな命を捧げても友は戻ってこないと?  ……戯言を。  それで? 光の加護すら持たないお前に何ができる。お前は英雄じゃない。何者でもないお前が、どう抗おうと言うんだ? ここで私を討ったところで、定められた運命は変えられやしない。真なる神は復活し——お前たちの命を糧に、在りし日の世界は再創造される。  ゾディアークを討つ?  そんなことが本当にできると思っているのか? やはりお前はなりそこないらしい。《《あいつ》》でさえなし得なかったことをできるはずがない。  それとも、もう一度ハイデリンを召喚し、あの悲劇を繰り返すつもりか?  世界を分かつことはお前の望みではなかったはずだ。  違うと言うなら……なぜ、あの時……お前は、私を庇った?  ……待て! くっ、この力……!  お前は、本当に……《《あいつ》》なのか……?  待っていたよ。キミならきっとここへ来ると思っていた。  この遺構は……覚えているかい?  むかしむかし逆さの塔と呼ばれていた、エーテル界——いや、今のキミには冥界と言ったほうがわかりやすいのかな——星の核を観測するためにつくられた建造物だ。とはいえ度重なる霊災でどこまで残っているかわからないけれど……それでもキミは行くんだろう?  ハイデリンに残された光の力はわずかとはいえ、ワタシたちのような欠けた魂には、それはあまりある力だ。でも今のキミなら光を宿すことができる。ワタシは、かつて光の戦士だった魂とととに祈りをささげよう。  大丈夫、キミは真なる人であり、同時に人ならざる者でもある。  寿命が短くたって、どこかが欠けていたって、古代人にも負けない力を有している。キミは覚えているはずだ。分かたれた世界に生きたひとびとのしたたかさを。  キミの超える力。  ヒトとヒトとをつなぐ力。  世界を、心を超える力が……  きっと……ワタシたちを、そして彼ら古代人を、救ってくれると信じているよ。